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第六章 お迎え
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侯爵家に近づく程に、シャンティエの緊張は高まっていくのがベルテにもわかった。
「もし、デルペシュ卿に断られたら……いえ、陛下の圧力で仕方なく私との婚約を受け入れただけだったら……亡くなった奥様を今でも思っていらっしゃったら……ああ、私、どんな顔をして会えば」
シャンティエはずっとデルペシュ卿のことを慕っていた。
ヴァレンタインに気に入られようといまいと、気にならないベルテと違い、相手が自分のことをどう思っていたのか、気になるのは無理もない。
「落ち着けシャンティエ、そう、悪い方向にばかり考えるのではない」
「そ、そうですよ。先程も言いましたが、シャンティエ様との婚約を嫌だと思う男性はいません。あのどうしようもない兄を基準にしてはいけません」
ヴァレンタインと二人で、彼女を安心させようと声をかける。
「少なくとも、デルペシュ卿はお前のことは嫌ってはいない」
「ほ、本当ですか? なぜ、そんなことを言い切れるのですか! 気休めならよしてください。期待した分、後でそうでなかったときのショックは大きいのですよ」
シャンティエは一瞬嬉しそうな顔を見せたが、すぐに兄に食って掛かった。
「気休めではない。私の剣の師匠として我が家に出入りしている頃から、彼はお前には優しくしてくれていただろう?」
「そ、それは……でもそれは弟子の妹で、ベルクトフ家の娘としてで、わ、私は、あの方を異性としてお慕いしていて…」
「その気持ちを素直に伝えろ。デルペシュ卿は、無下にはなさらない。私に言えることはここまでだ。後は自分の力でなんとかしろ」
一見すると突き放したようにも聞こえるが、彼なりに励ましているのだと、ベルテにもわかった。
それはシャンティエも同じなのか、それに対して「わかりましたわ」と、素直に答えた。
そうしているうちに、馬車はベルクトフ家に着いた。
ヴァレンタインが先に降りて、シャンティエが馬車から降りるのを助ける。
「そ、それでは……ベルテ様、ご、ごきげんよう」
「ええ、また明日ね」
彼女の緊張がベルテにも伝染する。
シャンティエが降りたら、ヴァレンタインとこの狭い馬車で(侯爵家の馬車はけっして狭くはない)、二人でどうすればいいのか不安しかない。
「明日、今日のことをお話してもよろしいですか?」
涙目でシャンティエが訴える。
「ええ、では、いつもより一時間早く登園しますわ」
「では、私も」
「それなら、シャンティエと共に、王宮に私がお迎えに上がります」
「え?」
ヴァレンタインが二人の間に割って入った。
「そうすれば、二人馬車の中で話ができます」
「そ、それは……でも、それならシャンティエ様だけで…」
「ちょうど私も出勤の時間です。では、そのつもりでいてください」
強引なヴァレンタインの言葉に、ベルテはどうしたものかとシャンティエと視線を交わらせる。
「お兄様も強引ですわね。ベルテ様、兄は言い出したら何が何でも実行する人です。諦めてください」
「そうです。諦めてください。ベルテ様」
またもやヴァレンタインは眩しい笑顔をベルテに向ける。
他の令嬢たちなら悲鳴を上げて、失神しそうな神々しさだ。
ベルテでさえも、彼の笑顔には一瞬息を呑む。
「私にその笑顔を向けても、もったいないだけだと思うけど」
「そんなこと思っていません。笑顔になるのは、私がベルテ様といて、幸せだと思うからで、勝手にこうなるのです」
「は?」
シャンティエもベルテも、彼の発言に口をポカンと開けた。
「今の発言、騎士団でお兄様にいつも苛められている部下の方に聞かせて上げたいですわ」
「苛めているとは、聞き捨てならないな。厳しく指導しているだけだ」
「はいはい。ベルテ様、兄は笑顔で部下たちを指導と称して、何度も足腰が立たなくなるまで痛めつける鬼畜と呼ばれておりますのよ」
「鬼畜?」
「シャンティエ、お前は余計なことばかり言う。ほら、さっさと降りて屋敷に入れ。デルペシュ卿が待っているぞ」
「わかりました。でも、お陰で緊張が少し和らぎましたわ。ありがとうございます、お兄様」
それは本当だろう。
シャンティエは先程より幾分和らいだ表情をしている。
「さようなら、シャンティエ様」
彼女が玄関扉の向こうに消えるまで見送ると、ヴァレンタインは再び馬車に乗り込んできた。
「王宮へ」
そう言って、彼はまたベルテの隣に座った。
「あの、ベルクトフ小侯爵様」
「ヴァレンタインです」
「ヴァレンタイン様、向かい側が空いています」
ベルテがさっきまでシャンティエが座っていた場所を指差す。
「そうですね」
「『そうですね』ではなく、そちらに」
「嫌です」
この前もベルテが何か言う前に、ヴァレンタインが拒絶したことを思い出す。
「私はこっちがいい」
「では、私がそちらへ」
「駄目です」
立ち上がりかけたベルテの腰を軽く掴んで、元の席へ引き戻した。
「な、なぜ…」
「婚約者同士、あなたの隣は私のもので、私の隣にはあなたがいてください」
その口調は穏やかなのに、とても圧を感じた。
「もし、デルペシュ卿に断られたら……いえ、陛下の圧力で仕方なく私との婚約を受け入れただけだったら……亡くなった奥様を今でも思っていらっしゃったら……ああ、私、どんな顔をして会えば」
シャンティエはずっとデルペシュ卿のことを慕っていた。
ヴァレンタインに気に入られようといまいと、気にならないベルテと違い、相手が自分のことをどう思っていたのか、気になるのは無理もない。
「落ち着けシャンティエ、そう、悪い方向にばかり考えるのではない」
「そ、そうですよ。先程も言いましたが、シャンティエ様との婚約を嫌だと思う男性はいません。あのどうしようもない兄を基準にしてはいけません」
ヴァレンタインと二人で、彼女を安心させようと声をかける。
「少なくとも、デルペシュ卿はお前のことは嫌ってはいない」
「ほ、本当ですか? なぜ、そんなことを言い切れるのですか! 気休めならよしてください。期待した分、後でそうでなかったときのショックは大きいのですよ」
シャンティエは一瞬嬉しそうな顔を見せたが、すぐに兄に食って掛かった。
「気休めではない。私の剣の師匠として我が家に出入りしている頃から、彼はお前には優しくしてくれていただろう?」
「そ、それは……でもそれは弟子の妹で、ベルクトフ家の娘としてで、わ、私は、あの方を異性としてお慕いしていて…」
「その気持ちを素直に伝えろ。デルペシュ卿は、無下にはなさらない。私に言えることはここまでだ。後は自分の力でなんとかしろ」
一見すると突き放したようにも聞こえるが、彼なりに励ましているのだと、ベルテにもわかった。
それはシャンティエも同じなのか、それに対して「わかりましたわ」と、素直に答えた。
そうしているうちに、馬車はベルクトフ家に着いた。
ヴァレンタインが先に降りて、シャンティエが馬車から降りるのを助ける。
「そ、それでは……ベルテ様、ご、ごきげんよう」
「ええ、また明日ね」
彼女の緊張がベルテにも伝染する。
シャンティエが降りたら、ヴァレンタインとこの狭い馬車で(侯爵家の馬車はけっして狭くはない)、二人でどうすればいいのか不安しかない。
「明日、今日のことをお話してもよろしいですか?」
涙目でシャンティエが訴える。
「ええ、では、いつもより一時間早く登園しますわ」
「では、私も」
「それなら、シャンティエと共に、王宮に私がお迎えに上がります」
「え?」
ヴァレンタインが二人の間に割って入った。
「そうすれば、二人馬車の中で話ができます」
「そ、それは……でも、それならシャンティエ様だけで…」
「ちょうど私も出勤の時間です。では、そのつもりでいてください」
強引なヴァレンタインの言葉に、ベルテはどうしたものかとシャンティエと視線を交わらせる。
「お兄様も強引ですわね。ベルテ様、兄は言い出したら何が何でも実行する人です。諦めてください」
「そうです。諦めてください。ベルテ様」
またもやヴァレンタインは眩しい笑顔をベルテに向ける。
他の令嬢たちなら悲鳴を上げて、失神しそうな神々しさだ。
ベルテでさえも、彼の笑顔には一瞬息を呑む。
「私にその笑顔を向けても、もったいないだけだと思うけど」
「そんなこと思っていません。笑顔になるのは、私がベルテ様といて、幸せだと思うからで、勝手にこうなるのです」
「は?」
シャンティエもベルテも、彼の発言に口をポカンと開けた。
「今の発言、騎士団でお兄様にいつも苛められている部下の方に聞かせて上げたいですわ」
「苛めているとは、聞き捨てならないな。厳しく指導しているだけだ」
「はいはい。ベルテ様、兄は笑顔で部下たちを指導と称して、何度も足腰が立たなくなるまで痛めつける鬼畜と呼ばれておりますのよ」
「鬼畜?」
「シャンティエ、お前は余計なことばかり言う。ほら、さっさと降りて屋敷に入れ。デルペシュ卿が待っているぞ」
「わかりました。でも、お陰で緊張が少し和らぎましたわ。ありがとうございます、お兄様」
それは本当だろう。
シャンティエは先程より幾分和らいだ表情をしている。
「さようなら、シャンティエ様」
彼女が玄関扉の向こうに消えるまで見送ると、ヴァレンタインは再び馬車に乗り込んできた。
「王宮へ」
そう言って、彼はまたベルテの隣に座った。
「あの、ベルクトフ小侯爵様」
「ヴァレンタインです」
「ヴァレンタイン様、向かい側が空いています」
ベルテがさっきまでシャンティエが座っていた場所を指差す。
「そうですね」
「『そうですね』ではなく、そちらに」
「嫌です」
この前もベルテが何か言う前に、ヴァレンタインが拒絶したことを思い出す。
「私はこっちがいい」
「では、私がそちらへ」
「駄目です」
立ち上がりかけたベルテの腰を軽く掴んで、元の席へ引き戻した。
「な、なぜ…」
「婚約者同士、あなたの隣は私のもので、私の隣にはあなたがいてください」
その口調は穏やかなのに、とても圧を感じた。
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