41 / 71
第七章 武闘大会
3
しおりを挟む
国王一家の到着に皆が注目する。
王太子廃嫡となったアレッサンドロに代わり、次男のディランが王太子となり、正妃が離宮に退きその一族も今や落ち目となっている。
そして唯一の王女、ベルテが白薔薇の君と呼ばれるヴァレンタイン・ベルクトフと婚約した。
これまでなかなか婚約者を決めなかった独身の令息の中でダントツ人気のヴァレンタインに、これを狙っていたのか、上手いことをやったとやっかむ者もいる。
しかし、女性の大半は彼が特定の人を作ったという事実にショックを抱いていた。
(うう、視線が痛い)
注目されていることに慣れている様子の父たちやヴァレンタインと違い、学生の身であったこともありこれまでベルテは公の場にあまり出席してこなかった。
華美に着飾った慣れないドレス姿を人前に晒し、制服で何割増しにも格好良さが際立つヴァレンタインの隣に立たなくてはならないのだ。
公開処刑のような気分である。
出来るだけ俯き、国王たちのために用意された観覧席へと向かうと、そこにベルクトフ侯爵夫妻とシャンティエが待っていた。
「ベルテ様」
ベルテに声をかけてきたシャンティエは、赤を基調としたドレスを着ていた。
それがデルペシュ卿の色だと、誰もがわかる。
「シャンティエ様」
ベルクトフ侯爵夫妻が国王たちに挨拶をしている横で、シャンティエとベルテが言葉をかわす。
「ごきげんよう、素敵なドレスですね。良くお似合いですわ」
「エンリエッタ様のご趣味です」
ヴァレンタインに言ったのと同じセリフを繰り返した。
「ベルテ様がご自分から率先してそのようなドレスを着る方でないことは存じあげていますわ。でも、好きな色でなくても、お似合いなのは嘘ではありません。時には冒険してみるのもいいものです」
「シャンティエ、それは私に喧嘩を売っているのか」
「あら、褒めているのですわ」
「シャンティエ様も、お似合いです。改めてご婚約、おめでとうございます」
ちらりと国王の側に立つデルペシュ卿を見ると、こちらを窺っている彼と目が合った。
「残念ながら、彼は審判と陛下の護衛で一緒にはいられませんの」
「それは残念ですね」
「でも、今日の私を見てとても綺麗だと、赤らめて言っていただけたので、それで我慢しますわ」
「デルペシュ卿が……」
およそ女性の装いに無頓着そうな彼にしては、かなり頑張ったのだろうと驚く。
「デルペシュ卿が羨ましい。ベルテ様にも同じように言わせてもらったのに、私の真意がいまひとつ伝わらないのだ」
ヴァレンタインが不満を零す。
「な! ヴァレンタイン様、そんなこと……」
「ブライアン様とお兄様では同じことを言っても、真実味がまるで違いますわ」
「それはどういう意味だ。私は誰彼構わず美辞麗句を並べたりはしない。思ったまま、伝えたいことを言っている」
「お兄様が言うと、軽く聞こえてしまうのです。信じていただくには、誠意を示しませんと」
「誠意」
少し考え込んで、ヴァレンタインはそうだと思い立ってベルテの手を顔の前に持ち上げた。
「では、今日の優勝をベルテ様に捧げます。そうしたら、少しは私の本気が伝わるでしょうか」
「ゆ、優勝を…、私に?」
また大きく出たと思ったが、そう簡単に優勝できるものなのだろうか。
「大丈夫ですか、そのような約束をして。ブライアン様が出ないとは言え、お兄様より力も体格も遥かに上回る方も大勢いますわよ」
武闘大会は初めてではないシャンティエが、簡単にはいかないことを示唆する。
「妹なのに、兄の強さを知らないのか」
「強いことは承知しておりますが、他の方々も負けず劣らず、実力はあるとブライアン様も申しておりました」
デルペシュ卿が言っていたなら、そうなのだろう。
だとしたら、ヴァレンタインが優勝するのは可能性として低いのではないだろうか。
「本気、というと?」
「もちろん、私がベルテ様をお慕いしているという気持ちのことです」
「は?」
またもや間抜けな声が漏れた。
婚約話が出た時に、彼は他の女性たちから逃れるために、婚約するとだと言ったのに、どうしてそういう話になるのか。
それともこの前も思ったが、ここまでやり抜かないと、彼を諦めない強烈な信奉者がいるのだろうか。
「いかがですか、ベルテ様」
「ま、まあ、もし優勝できたら、あなたの気持ちが本当だと、信じてもいいです」
「ありがとうございます。シャンティエ、今の聞いたな。お前が証人だ」
「わかりました。せいぜい頑張ってください。応援しております」
シャンティエも半ば呆れて返事をした。
「それでは、また後で。ひとつ勝利を収めるたびに、あなたに花を捧げます」
「花?」
「騎士はひとつ勝利を勝ち取る度に、家族や恋人、妻や娘、仕える家の女主人などに花を捧げるのです。勝つ度に同じ人でも違う人でもいいのですが、射止めたい相手がいたら、何度も同じ人に渡す人もいます」
「いつもは母やシャンティエに渡しておりましたが、今年はベルテ様にだけ捧げます」
などと真剣に言われ、「頑張ってください」としか言えなかった。
王太子廃嫡となったアレッサンドロに代わり、次男のディランが王太子となり、正妃が離宮に退きその一族も今や落ち目となっている。
そして唯一の王女、ベルテが白薔薇の君と呼ばれるヴァレンタイン・ベルクトフと婚約した。
これまでなかなか婚約者を決めなかった独身の令息の中でダントツ人気のヴァレンタインに、これを狙っていたのか、上手いことをやったとやっかむ者もいる。
しかし、女性の大半は彼が特定の人を作ったという事実にショックを抱いていた。
(うう、視線が痛い)
注目されていることに慣れている様子の父たちやヴァレンタインと違い、学生の身であったこともありこれまでベルテは公の場にあまり出席してこなかった。
華美に着飾った慣れないドレス姿を人前に晒し、制服で何割増しにも格好良さが際立つヴァレンタインの隣に立たなくてはならないのだ。
公開処刑のような気分である。
出来るだけ俯き、国王たちのために用意された観覧席へと向かうと、そこにベルクトフ侯爵夫妻とシャンティエが待っていた。
「ベルテ様」
ベルテに声をかけてきたシャンティエは、赤を基調としたドレスを着ていた。
それがデルペシュ卿の色だと、誰もがわかる。
「シャンティエ様」
ベルクトフ侯爵夫妻が国王たちに挨拶をしている横で、シャンティエとベルテが言葉をかわす。
「ごきげんよう、素敵なドレスですね。良くお似合いですわ」
「エンリエッタ様のご趣味です」
ヴァレンタインに言ったのと同じセリフを繰り返した。
「ベルテ様がご自分から率先してそのようなドレスを着る方でないことは存じあげていますわ。でも、好きな色でなくても、お似合いなのは嘘ではありません。時には冒険してみるのもいいものです」
「シャンティエ、それは私に喧嘩を売っているのか」
「あら、褒めているのですわ」
「シャンティエ様も、お似合いです。改めてご婚約、おめでとうございます」
ちらりと国王の側に立つデルペシュ卿を見ると、こちらを窺っている彼と目が合った。
「残念ながら、彼は審判と陛下の護衛で一緒にはいられませんの」
「それは残念ですね」
「でも、今日の私を見てとても綺麗だと、赤らめて言っていただけたので、それで我慢しますわ」
「デルペシュ卿が……」
およそ女性の装いに無頓着そうな彼にしては、かなり頑張ったのだろうと驚く。
「デルペシュ卿が羨ましい。ベルテ様にも同じように言わせてもらったのに、私の真意がいまひとつ伝わらないのだ」
ヴァレンタインが不満を零す。
「な! ヴァレンタイン様、そんなこと……」
「ブライアン様とお兄様では同じことを言っても、真実味がまるで違いますわ」
「それはどういう意味だ。私は誰彼構わず美辞麗句を並べたりはしない。思ったまま、伝えたいことを言っている」
「お兄様が言うと、軽く聞こえてしまうのです。信じていただくには、誠意を示しませんと」
「誠意」
少し考え込んで、ヴァレンタインはそうだと思い立ってベルテの手を顔の前に持ち上げた。
「では、今日の優勝をベルテ様に捧げます。そうしたら、少しは私の本気が伝わるでしょうか」
「ゆ、優勝を…、私に?」
また大きく出たと思ったが、そう簡単に優勝できるものなのだろうか。
「大丈夫ですか、そのような約束をして。ブライアン様が出ないとは言え、お兄様より力も体格も遥かに上回る方も大勢いますわよ」
武闘大会は初めてではないシャンティエが、簡単にはいかないことを示唆する。
「妹なのに、兄の強さを知らないのか」
「強いことは承知しておりますが、他の方々も負けず劣らず、実力はあるとブライアン様も申しておりました」
デルペシュ卿が言っていたなら、そうなのだろう。
だとしたら、ヴァレンタインが優勝するのは可能性として低いのではないだろうか。
「本気、というと?」
「もちろん、私がベルテ様をお慕いしているという気持ちのことです」
「は?」
またもや間抜けな声が漏れた。
婚約話が出た時に、彼は他の女性たちから逃れるために、婚約するとだと言ったのに、どうしてそういう話になるのか。
それともこの前も思ったが、ここまでやり抜かないと、彼を諦めない強烈な信奉者がいるのだろうか。
「いかがですか、ベルテ様」
「ま、まあ、もし優勝できたら、あなたの気持ちが本当だと、信じてもいいです」
「ありがとうございます。シャンティエ、今の聞いたな。お前が証人だ」
「わかりました。せいぜい頑張ってください。応援しております」
シャンティエも半ば呆れて返事をした。
「それでは、また後で。ひとつ勝利を収めるたびに、あなたに花を捧げます」
「花?」
「騎士はひとつ勝利を勝ち取る度に、家族や恋人、妻や娘、仕える家の女主人などに花を捧げるのです。勝つ度に同じ人でも違う人でもいいのですが、射止めたい相手がいたら、何度も同じ人に渡す人もいます」
「いつもは母やシャンティエに渡しておりましたが、今年はベルテ様にだけ捧げます」
などと真剣に言われ、「頑張ってください」としか言えなかった。
26
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる