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エピローグ
ディラン②
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案の定、ヴァレンタイン・ベルクトフと姉のベルテの婚約が表沙汰になると、社交界はざわついた。
それと同時にデルペシュ卿とアレッサンドロの婚約者だったシャンティエ・ベルクトフの婚約も成立し、世間を驚かせた。
異母兄アレッサンドロとの婚約は、言わば周囲が決めた政略結婚で、令嬢は密かな想いを胸に秘めつつ、叶わぬ恋と諦めかけていたという話が広まると、世間はそれを美談に思った。
ベルテ姉さんにはそこまで意図したつもりはなかったようだったが、結果として令嬢の想いも報われたと言うことだろう。
しかし、やはり例の会のメンバーたちは、ベルテ姉さんを放っておかなかった。
推しは皆の推しであって、特定の誰かのものであってはならない。というのがどうやら「白薔薇を愛でる会」の中では統一の意見らしい。
仮にも王女の婚約だ。王家と侯爵家が納得しているこの縁組を、軽んじる行動だ。
場合によっては処罰されても文句は言えない。
表立っては危害を加えないだろうが、言葉だけでも十分兇器になり得る。
実際、学園では色々とどこかの伯爵令嬢やらに言われているそうだ。
それを教えてくれたのは、ある人物だった。
ある日、僕は夜に父上にこっそり呼ばれた。
僕は王太子になった時に、それまでは兄上が使っていた部屋に移った。
そこには隠し扉があった。
もし万が一襲撃を受けた時に、密かにそこから外へと逃げるための隠し扉。
王族あるあるだ。
それは父上の部屋にもあり、入り組んだ通路を通るとそこにも繋がっている。
通路は完全な闇ではなく、魔法の灯火が足元を仄かに照らしている。
この道を通るためにはいくつか条件がある。
まず、王族でなければならないこと。
通る者が王族でなければ、灯りは点かないようになっている。
そして指輪。
持ち主の指の太さに合わせ、自動的に伸び縮みする不思議な指輪にも魔法が掛けられている。
この指輪を持たない者が、万が一この迷路に足を踏み入れたとしても、魔力で惑わされて救いが来るまで一生ここから出られなくなるのだ。
もちろん、このことは王太子になって初めて知らされたことだ。
「父上、こんな夜に…」
父の部屋に続く扉を開けると、そこには父ともう一人、素性のわからないフードを被った人物がいた。
「来たか」
ぼそりと国王が文句を言った。
「はい」
誰だろうとその人物に気を取られて、生返事をした。
「この人は? 僕に会わせるために?」
父に呼ばれて来た場所にいるのだから、当然自分に会わせないからだろうと察した。
「そうだ」
父はフードの人物に近づき、肩を叩いた。
「ヴァン、もうフードを取ってもいいぞ」
ヴァンと呼ばれた人物が灰色のフードを取り払った。
「え……」
目を丸くして、その人物の姿に言葉を失った。
「大おじい…様?」
目の前にいたのは、僕が一歳の時に亡くなった、曽祖父のステファノ・ヴァン・シャルボイエにそっくりの人物だった。
彼が亡くなったのは七十歳。
残された肖像画は、彼が今のディランと同じ年齢の頃と、成人した時、そして即位した頃と王位を息子に譲った時に描かれたものの四枚で、目の前の人物は、成人した頃のステファノに瓜二つだ。
「でも、ステファノ大おじい様じゃないよね。目が違う」
ステファノの瞳はアレッサンドロと同じグリーン。でも彼の瞳は赤い。
「隠し子?」
そう尋ねてみたが、こんなにもそっくりなものだろうか。
「ヴァン、アレッサンドロは知っているな。そしてこの子がディランだ。私のもう一人の息子」
『こんばんは。ディラン殿下』
彼は話すことができないのか、空中で文字を書いて挨拶した。
「指文字? ヴァン? もしかして」
ベルテ姉さんから学園で会う庭師がいると聞いたことがある。その名が「ヴァン」で、確か言葉を話せなかったと聞いたことがある。
「ベルテ姉様が知っている人ですか? 学園でよく見かけるという?」
『ええ』
彼は素直に認めた。
庭師の彼がなぜここにいるのか。
そしてなぜわざわざ夜にこっそりと呼んでまで紹介しようとしたのか。
「彼は目の前にいるが、実際はこの世に存在していない」
疑問が自分の顔に浮かんでいたのだろう。しかし父の口から漏れたのは、謎掛けのような言葉だった。
「どういう意味ですか? 魔法で生み出した幻影とでも?」
「そこまでは飛躍しすぎだ。彼はこうして生きていて肉体もある」
それは彼もわかっている。ただ、父が言った言葉の意味がわからない。
「聡いお前にも、わからないことがあるのだな」
「父上は、僕を買いかぶり過ぎです。僕にも知らないことはあります」
生まれた時から前世の記憶があり、前世に受けた教育のお陰で、教授たちには賢いと褒められていたが、この世界のことはまだよくわからない。
魔法のことも、魔獣や神獣のことなど、前世では知らなかったことは、まだまだだ。
「それで、彼は…このヴァンという人間は」
「正確には彼は人間ではない」
「え?」
それを聞いて、もう一度彼を見る。
「彼はステファノ様が錬金術で創り出したホムンクルスだ」
それと同時にデルペシュ卿とアレッサンドロの婚約者だったシャンティエ・ベルクトフの婚約も成立し、世間を驚かせた。
異母兄アレッサンドロとの婚約は、言わば周囲が決めた政略結婚で、令嬢は密かな想いを胸に秘めつつ、叶わぬ恋と諦めかけていたという話が広まると、世間はそれを美談に思った。
ベルテ姉さんにはそこまで意図したつもりはなかったようだったが、結果として令嬢の想いも報われたと言うことだろう。
しかし、やはり例の会のメンバーたちは、ベルテ姉さんを放っておかなかった。
推しは皆の推しであって、特定の誰かのものであってはならない。というのがどうやら「白薔薇を愛でる会」の中では統一の意見らしい。
仮にも王女の婚約だ。王家と侯爵家が納得しているこの縁組を、軽んじる行動だ。
場合によっては処罰されても文句は言えない。
表立っては危害を加えないだろうが、言葉だけでも十分兇器になり得る。
実際、学園では色々とどこかの伯爵令嬢やらに言われているそうだ。
それを教えてくれたのは、ある人物だった。
ある日、僕は夜に父上にこっそり呼ばれた。
僕は王太子になった時に、それまでは兄上が使っていた部屋に移った。
そこには隠し扉があった。
もし万が一襲撃を受けた時に、密かにそこから外へと逃げるための隠し扉。
王族あるあるだ。
それは父上の部屋にもあり、入り組んだ通路を通るとそこにも繋がっている。
通路は完全な闇ではなく、魔法の灯火が足元を仄かに照らしている。
この道を通るためにはいくつか条件がある。
まず、王族でなければならないこと。
通る者が王族でなければ、灯りは点かないようになっている。
そして指輪。
持ち主の指の太さに合わせ、自動的に伸び縮みする不思議な指輪にも魔法が掛けられている。
この指輪を持たない者が、万が一この迷路に足を踏み入れたとしても、魔力で惑わされて救いが来るまで一生ここから出られなくなるのだ。
もちろん、このことは王太子になって初めて知らされたことだ。
「父上、こんな夜に…」
父の部屋に続く扉を開けると、そこには父ともう一人、素性のわからないフードを被った人物がいた。
「来たか」
ぼそりと国王が文句を言った。
「はい」
誰だろうとその人物に気を取られて、生返事をした。
「この人は? 僕に会わせるために?」
父に呼ばれて来た場所にいるのだから、当然自分に会わせないからだろうと察した。
「そうだ」
父はフードの人物に近づき、肩を叩いた。
「ヴァン、もうフードを取ってもいいぞ」
ヴァンと呼ばれた人物が灰色のフードを取り払った。
「え……」
目を丸くして、その人物の姿に言葉を失った。
「大おじい…様?」
目の前にいたのは、僕が一歳の時に亡くなった、曽祖父のステファノ・ヴァン・シャルボイエにそっくりの人物だった。
彼が亡くなったのは七十歳。
残された肖像画は、彼が今のディランと同じ年齢の頃と、成人した時、そして即位した頃と王位を息子に譲った時に描かれたものの四枚で、目の前の人物は、成人した頃のステファノに瓜二つだ。
「でも、ステファノ大おじい様じゃないよね。目が違う」
ステファノの瞳はアレッサンドロと同じグリーン。でも彼の瞳は赤い。
「隠し子?」
そう尋ねてみたが、こんなにもそっくりなものだろうか。
「ヴァン、アレッサンドロは知っているな。そしてこの子がディランだ。私のもう一人の息子」
『こんばんは。ディラン殿下』
彼は話すことができないのか、空中で文字を書いて挨拶した。
「指文字? ヴァン? もしかして」
ベルテ姉さんから学園で会う庭師がいると聞いたことがある。その名が「ヴァン」で、確か言葉を話せなかったと聞いたことがある。
「ベルテ姉様が知っている人ですか? 学園でよく見かけるという?」
『ええ』
彼は素直に認めた。
庭師の彼がなぜここにいるのか。
そしてなぜわざわざ夜にこっそりと呼んでまで紹介しようとしたのか。
「彼は目の前にいるが、実際はこの世に存在していない」
疑問が自分の顔に浮かんでいたのだろう。しかし父の口から漏れたのは、謎掛けのような言葉だった。
「どういう意味ですか? 魔法で生み出した幻影とでも?」
「そこまでは飛躍しすぎだ。彼はこうして生きていて肉体もある」
それは彼もわかっている。ただ、父が言った言葉の意味がわからない。
「聡いお前にも、わからないことがあるのだな」
「父上は、僕を買いかぶり過ぎです。僕にも知らないことはあります」
生まれた時から前世の記憶があり、前世に受けた教育のお陰で、教授たちには賢いと褒められていたが、この世界のことはまだよくわからない。
魔法のことも、魔獣や神獣のことなど、前世では知らなかったことは、まだまだだ。
「それで、彼は…このヴァンという人間は」
「正確には彼は人間ではない」
「え?」
それを聞いて、もう一度彼を見る。
「彼はステファノ様が錬金術で創り出したホムンクルスだ」
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