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どうしてこうなったのか。
つい数日前まで私は田舎から出てきたばかりの、単なるフリーターでしかなかった。
今は都会の豪華なマンションの一室で、こうして虜囚のように監禁されている。
「雪緒ちゃん、どうしたの、その腕!?」
あの日、彼と初めて出会った日。
先輩の藤木さんが私の左腕の肩から肘まである擦り傷を見て、驚きの声を上げた。
時刻は夕刻。
私は清掃会社にパート勤務している。夕方からシフトに入り、今から契約先のビルに清掃に向かうため、出勤してきた人達と一緒に制服に着替えていた。
「来る途中で、自転車にぶつかったんです」
「自転車に……」
「はい、まだ人混みをうまく避けられなくて、他所見をしていて、後ろから来た自転車にぶつかって転んでしまって……」
へへ、と笑う右手にも絆創膏を貼っていた。
「何しろ人の少ない場所に住んでいたので……」
「どこか田舎から出てきたって言ってたわね」
「はい。祖父と一緒に住んでいた村は周りはお年寄りばかりで、過疎化が進んで限界集落って言われていました」
「身内はそのおじいさんだけだっけ」
尾上さんが言った。
「はい」
私は生まれた時から、父には会ったことがない。
母親は私を未婚で産んだ。家では父について話題になったこともなく、私も何となく聞いては駄目なことなんだと、空気で察していた。その母は私が二歳の時に癌で亡くなった。
それ以降私は、母方の祖父に育てられた。
父親も死んだと思っていたのだが、祖父が半年前に突然心臓発作で亡くなり、遺品を整理していた時、ある手紙を見つけた。
その手紙の差出人は母だったが、宛名は東京になっていた。
手紙の消印は母が亡くなる一年前くらい。ちょうど癌が発見された頃だった。でも手紙のどれにも『受取拒否』のスタンプがおされていた。
「受取拒否?」
手紙は高坂春樹後援会事務所、大澤崇宛だった。
「後援会事務所って、何の?」
例えば議員の人を応援している人が、自分の敷地に立てている看板を思い出した。
そういう類のものなのか。
暫く悩んだ末に、そのひとつを開けてみた。
個人情報保護も、その人が死んだら無効になると聞いたことがある。
差出人の母はもういないのだし、娘の私には相続権がある。
心の中でそんな言い訳をしながら、中の手紙を読んだ。
震えながら書いたのか、グダグダの文字が目に飛び込んできた。
便箋のラインからもはみ出した文章には、母が自分の生命がもう残り少ないことや、自分の父も高齢であることから、残された娘ー私ーが一人になることへの不安が記されていた。
娘として認めてもらいたいわけではない。財産がほしいわけではない。娘にもそれを望むなと言い聞かせる。
けれど、いざというときに相談できる人間が必要だから、せめて何かあったときに訪ねていけるようにさせてほしい。そう言ったことを繰り返し訴えていた。
「お母さん……」
自分ではどうすることもできない病に侵され、遺された私の将来を案ずる母の強い想いが伝わってきた。
ポタリと、手紙に涙が落ちた。
母が亡くなったのは、私が二歳の時。
残った写真と、祖父から聞いたことから以外、あまり思い出はない。
でも、祖父とは違う柔らかい腕に抱かれたことや、優しい声は覚えている。
でも、亡くなる直前は強い病院の消毒薬の臭いを嫌い、病院に行くのを泣いて拒んでいたと聞いた。
「お母さん、ごめんね」
なんて酷い娘だろう。
母の筆跡を指で追いながら、私は太陽が沈んで部屋が真っ暗になるまで泣き続けた。
つい数日前まで私は田舎から出てきたばかりの、単なるフリーターでしかなかった。
今は都会の豪華なマンションの一室で、こうして虜囚のように監禁されている。
「雪緒ちゃん、どうしたの、その腕!?」
あの日、彼と初めて出会った日。
先輩の藤木さんが私の左腕の肩から肘まである擦り傷を見て、驚きの声を上げた。
時刻は夕刻。
私は清掃会社にパート勤務している。夕方からシフトに入り、今から契約先のビルに清掃に向かうため、出勤してきた人達と一緒に制服に着替えていた。
「来る途中で、自転車にぶつかったんです」
「自転車に……」
「はい、まだ人混みをうまく避けられなくて、他所見をしていて、後ろから来た自転車にぶつかって転んでしまって……」
へへ、と笑う右手にも絆創膏を貼っていた。
「何しろ人の少ない場所に住んでいたので……」
「どこか田舎から出てきたって言ってたわね」
「はい。祖父と一緒に住んでいた村は周りはお年寄りばかりで、過疎化が進んで限界集落って言われていました」
「身内はそのおじいさんだけだっけ」
尾上さんが言った。
「はい」
私は生まれた時から、父には会ったことがない。
母親は私を未婚で産んだ。家では父について話題になったこともなく、私も何となく聞いては駄目なことなんだと、空気で察していた。その母は私が二歳の時に癌で亡くなった。
それ以降私は、母方の祖父に育てられた。
父親も死んだと思っていたのだが、祖父が半年前に突然心臓発作で亡くなり、遺品を整理していた時、ある手紙を見つけた。
その手紙の差出人は母だったが、宛名は東京になっていた。
手紙の消印は母が亡くなる一年前くらい。ちょうど癌が発見された頃だった。でも手紙のどれにも『受取拒否』のスタンプがおされていた。
「受取拒否?」
手紙は高坂春樹後援会事務所、大澤崇宛だった。
「後援会事務所って、何の?」
例えば議員の人を応援している人が、自分の敷地に立てている看板を思い出した。
そういう類のものなのか。
暫く悩んだ末に、そのひとつを開けてみた。
個人情報保護も、その人が死んだら無効になると聞いたことがある。
差出人の母はもういないのだし、娘の私には相続権がある。
心の中でそんな言い訳をしながら、中の手紙を読んだ。
震えながら書いたのか、グダグダの文字が目に飛び込んできた。
便箋のラインからもはみ出した文章には、母が自分の生命がもう残り少ないことや、自分の父も高齢であることから、残された娘ー私ーが一人になることへの不安が記されていた。
娘として認めてもらいたいわけではない。財産がほしいわけではない。娘にもそれを望むなと言い聞かせる。
けれど、いざというときに相談できる人間が必要だから、せめて何かあったときに訪ねていけるようにさせてほしい。そう言ったことを繰り返し訴えていた。
「お母さん……」
自分ではどうすることもできない病に侵され、遺された私の将来を案ずる母の強い想いが伝わってきた。
ポタリと、手紙に涙が落ちた。
母が亡くなったのは、私が二歳の時。
残った写真と、祖父から聞いたことから以外、あまり思い出はない。
でも、祖父とは違う柔らかい腕に抱かれたことや、優しい声は覚えている。
でも、亡くなる直前は強い病院の消毒薬の臭いを嫌い、病院に行くのを泣いて拒んでいたと聞いた。
「お母さん、ごめんね」
なんて酷い娘だろう。
母の筆跡を指で追いながら、私は太陽が沈んで部屋が真っ暗になるまで泣き続けた。
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