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第2章 とりあえず「恋人」
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しおりを挟む「報酬は、こうして時々ご飯を一緒に食べてくれればそれで。次は俺が作ります」
「それじゃあ、あなたに何の得もないでしょ,私は助かるけど、あなたは…」
個人依頼で彼に暫く恋人の振りをしてもらえればと思ったのに、まさか彼から食事を共にしてくれるだけでいいとか、そんな提案をされるとは思わなかった。
クロステルに泊まる財力がある彼が満足できるだけの報酬を支払えるはずもないが、いつも彼がギルドで引き受けている依頼の値段なら何とかマリベルも払えると思った。
でもお金はいらない。食事を一緒にするだけでいいなんて。
「こ、恋人…同士なら…ご飯…一緒に食べるから…も、もちろんホントの恋人じゃないから…」
「でも、ほんとにそんなのでいいのですか? その、もっと金銭的な」
「俺にとっては充分過ぎるくらいだ」
強目の口調でそう言い切られては、マリベルもそれ以上何も言えなかった。
「でも私も嬉しいです。お隣にどんな人が来るか不安だったけど、フェルさんで良かった。私も父が亡くなってから一人で食べるご飯が寂しかったんです。一緒に食べる人が出来て、作り甲斐もありました。それに、今日もありがとうございました。薬草は、ギルド長に渡してしまってごめんなさい」
「マリベルさんが喜んでくれたならいいです」
彼のふっと力の抜けた笑顔がマリベルの心に刺さった。
「もっとそんな顔をすればいいのに」
「?」
「せっかく男前なのに、いつもムスッとしてるから」
「男前?」
「え、自覚ないんですか?」
「マリベルさんは、俺の顔、好き?」
「へ? あ、あの…はい」
(好きって、顔が好きかどうかだよね。フェルさんのこと「好き」とか勘違いされていないよね)
気になって彼を見れば、頬や鼻、唇や顎を触って自分の顔を確認している。
「今まで言われたことないんですか、顔のこと」
「その、殆ど男ばかりだったし…」
「そうなんですね。その顔ならいくらでも女性にモテそうなのに」
「別に、モテるとか面倒です。女性は苦手です」
「でも私とは結構普通に話せてますよね」
「マリベルさんは特別です」
「え、あ、あの、あ、そ、そうですか」
(ヤバい、何かそんな風に言われるとドキドキしてきた)
「あ、あの、それじゃあ、これから暫く、よろしくお願いします」
「よろしく。でも、そいつ、あなたが望むなら痛い目にあわせましょうか?」
フェルの目が座り、ここにいないエミリオに向けたのだろう恐ろしい殺気を放つ。彼の瞳の黄色や緑、青が一段と濃くなった気がした。
「だ、大丈夫…もう吹っ切れたから…それに、私のためにあなたが手を汚す必要はないわ。恋人の振りだけで十分です」
マリベルのためを思った冗談なのだろうが、いくら冒険者でも私怨などで人を殺せば罪に問われる。
「でもありがとう。そこまで言ってくれて嬉しいわ」
たとえ冗談でもマリベルのために怒ってくれることが嬉しかった。
エミリオとのことは彼がマリベルとのことを隠したがっていたせいで、世間にはあまり知られていないことが救いだった。
父が生きていたら、エミリオは今もマリベルとの関係を続けていただろうか。
そして自分はプリシラとのことを知らないまま、エミリオの言いなりになって、もっと取り返しのつかないこと…例えばプリシラと同じように体を許すか、結婚していたかも知れない。
そう思うと、マリベルは恐ろしくなった。
「本当に、私がバカだったんです。どうしてあんなに彼のことを好きだと思ったのかな。まるで魅了にでもかかったみたい」
「大丈夫。かかっていません」
フェルが力強く言った。
「本当に?」
確認すると、フェルはもう一度同じ台詞を繰り返した。
「どんな状態異常の魔法も、あなたには効かない」
「え?」
それはどういう意味だろう。
「フェルさんは、鑑定ができるのですか?」
鑑定は特別なスキルで、使える者は少ない。相手の状態異常だけでなくレベルや能力まで透けて見えるのだ。ある程度の魔力レベルになれば後から習得することも可能だと聞くが、大抵は生まれ持った才能によるところが多い。
「俺の勘です。魅了にかかっているかどうかは瞳を見ればわかりますから」
「そうなんですか?初めて聞きました。どんな風にわかるんですか?」
「その、目の奥に澱みが見える」
「え、じゃあ、私は?」
「大丈夫。マリベルさんのは澄んだとてもキレイ瞳です」
「え、あ、あの、そう。ありがとう」
澱みがないかどうか。ないということでキレイだと言ったのだろうとは思うが、面と向かってキレイだと言われてマリベルはかなり動揺した。
言った本人は何事なかったかのようにしているのが、何だか憎たらしかった。
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