恋人は謎多き冒険者

七夜かなた

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第4章 魔物の氾濫

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 ベランダからカタリと音がしてアベルは手許の書類から目を向けた。

「不審者かと思いました。ちゃんと扉から入ってきてください」

 やってきた人物が誰か最初からわかっていたが、ため息とともに持っていた書類を机に置いた。

「馴れ馴れしく名前を呼ぶな」

 不機嫌を隠そうともせず、フェルが文句を言った。
 ベランダからアベルの部屋に入ってきたのは、フェルだった。

「フェル=カラレスね…」
「嘘じゃない」
「それはそうですが…いつまでこの茶番を続けるつもりですか?」
「約束したんだ。彼女はまだ忘れている。思い出すまでは…」
「約束の相手は亡くなったのに? それにこのまま彼女が何も思い出さなかったら、ずっと本当のことを告げないままでいるつもりですか? 人の記憶…忘れた記憶を思い出させたいなら、こんなまどろっこしいことをしなくても、方法はあるでしょ、貴方だってご存知の…」
「無理強いはしたくない。それに彼女は犯罪者じゃない」

 アベルの言葉を遮って少し声を荒げる。

「お好きにと言いたいところですが、私としてはきちんと仕事をしてくれるなら、私事には口を挟まないつもりでした。しかし、いつまでも続けていられません」
「わかっている」

 ぐっと拳に力を入れて立ち尽くすフェルを見て、アベルは椅子に座るよう手で示した。

「すぐに帰るからいい」
「わかりました」

 アベルは自分だけ目の前のソファに腰を下ろした。

魔物の氾濫スタンビートですが、偶然とは言え、貴方が近くにいて良かった。そうでなければこんなに早く我々も来ることができませんでした。出発と同時にギルド長から連絡が入りました」
「ギルド長はこのこと…」
「はっきり言いませんが気付いていると思います。頭のキレる人ですから。いくら軍と魔導騎士団と言えど、王都からここまで半日で来ることは出来ません。貴方から二日前に連絡がなかったら、着くのは明日になっていたでしょう」

 それを聞いてフェルは良かったと呟いた。

「しかし、薬草の花束とは…花束とは言いましたが、まさか」
「花屋のもいいが、自分で摘んだものはどうかと言ったのはお前だろ」
「言いましたけど…」

「お前」呼ばわりされたが、アベルは気にしていない様子で話を続けた。

「素直なのはいいことですが、まさか、魔力供給も、私が言った方法で?」
「…………」

 その問いにフェルは一瞬口を噤んで目を逸らした。

「まさか…」
「馴染ませるなら口移しがいいと…だから…まさか俺を騙したのか?」
「いえ、方法のひとつを教えただけで…間違いでは…彼女大丈夫でした?」
「気は失ったが拒絶反応はない。ついでに身体と精神加護、状態異常無効の魔法を掛けて、居場所探知のマークもした」
「え、貴方が?」
「他に誰がいる?」
「あ、いえ…貴方に掛けてもらった魔法なら、最強でしょう」
「でも、まだ足りない。どうしたら…」
「え、そこまでしたら、もう王族並ですよ。それに過剰過ぎると気づかれてしまいます。既にギルド長は気付いているようですけど、ある程度の魔力がなければ彼女に掛けられた魔法を看破することは難しいですから」
「ギルド長…彼には俺のこともバレてる」

 その発言にアベルは驚かなかった。

「マリベルさんの父上にも…」
「そうでしたか…」
「それから」

 フェルは手を翳し、何もない空間から書類の束を取り出し、それをアベルの方へ飛ばした。

「これは?」
「不正取引の証拠。それとマリベルさんの父上の死亡についての証拠。やっぱり事故じゃなかった」
「普通、最初に渡しません?」
「お前がマリベルさんを気安く呼ぶから、腹が立って…」
「私のせいですか?」
「それから」
「まだ何か?」
「そこに書いてあるエミリオって冒険者、彼が手がかりだったが、亡くなった」
「え、それじゃあ、駄目じゃないですか…」
「死体は副ギルド長が検分して、本人だと判明したが、状況からみて怪しい」
「副ギルド長もグルだと?」
「多分、いや、間違いない」
「わかりました。これは中央ギルドに届けておきます」
「頼む、じゃあ」
「あ、お待ちを」

 ベランダから帰ろうとしたフェルを、アベルが呼び止めた。

「もし、彼女が思い出さなかったら、何も言わないつもりですか?」 
「俺にとって、彼女との出会いは特別だが、彼女には何でもない出来事だろう。それより辛いことは思い出さなくていい。過去のことは俺だけが覚えていればいいことだ。彼女との今が大事なんだ」
「隠し事は、バレる前に先に伝えた方がいいですよ。後になればなるほど、取り返しのつかないことになります」
「それは予言か?」
「いえ、友人としての助言です」
「お前が…俺の? 生粋の貴族で王家の血も流れて王位継承権を持つお前が?」
「友人になるのに、生まれや育ちは関係ありません。気にする者もいますが、私も『あの方』も、友人のつもりです」

 フェルは目を瞠ったが、すぐに顔を背けた。

「それから、体裁が必要なら、我が家を利用してください」
「覚えておく」
「副団長、よろしいですか?」

 その時、彼の部屋の扉が叩かれた。

「なんだ?」

 アベルが扉に視線を向け、次にベランダに目をやると、既にフェルはいなくなっていた。

「ほんとに、不器用だな。一途なんだか頑固なのか。いい加減楽になればいいものを」

 フェルの立っていた場所を見ながら、そんな独り言をアベルは呟いた。
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