恋人は謎多き冒険者

七夜かなた

文字の大きさ
39 / 47
第4章 魔物の氾濫

しおりを挟む
 ベランダからカタリと音がしてアベルは手許の書類から目を向けた。

「不審者かと思いました。ちゃんと扉から入ってきてください」

 やってきた人物が誰か最初からわかっていたが、ため息とともに持っていた書類を机に置いた。

「馴れ馴れしく名前を呼ぶな」

 不機嫌を隠そうともせず、フェルが文句を言った。
 ベランダからアベルの部屋に入ってきたのは、フェルだった。

「フェル=カラレスね…」
「嘘じゃない」
「それはそうですが…いつまでこの茶番を続けるつもりですか?」
「約束したんだ。彼女はまだ忘れている。思い出すまでは…」
「約束の相手は亡くなったのに? それにこのまま彼女が何も思い出さなかったら、ずっと本当のことを告げないままでいるつもりですか? 人の記憶…忘れた記憶を思い出させたいなら、こんなまどろっこしいことをしなくても、方法はあるでしょ、貴方だってご存知の…」
「無理強いはしたくない。それに彼女は犯罪者じゃない」

 アベルの言葉を遮って少し声を荒げる。

「お好きにと言いたいところですが、私としてはきちんと仕事をしてくれるなら、私事には口を挟まないつもりでした。しかし、いつまでも続けていられません」
「わかっている」

 ぐっと拳に力を入れて立ち尽くすフェルを見て、アベルは椅子に座るよう手で示した。

「すぐに帰るからいい」
「わかりました」

 アベルは自分だけ目の前のソファに腰を下ろした。

魔物の氾濫スタンビートですが、偶然とは言え、貴方が近くにいて良かった。そうでなければこんなに早く我々も来ることができませんでした。出発と同時にギルド長から連絡が入りました」
「ギルド長はこのこと…」
「はっきり言いませんが気付いていると思います。頭のキレる人ですから。いくら軍と魔導騎士団と言えど、王都からここまで半日で来ることは出来ません。貴方から二日前に連絡がなかったら、着くのは明日になっていたでしょう」

 それを聞いてフェルは良かったと呟いた。

「しかし、薬草の花束とは…花束とは言いましたが、まさか」
「花屋のもいいが、自分で摘んだものはどうかと言ったのはお前だろ」
「言いましたけど…」

「お前」呼ばわりされたが、アベルは気にしていない様子で話を続けた。

「素直なのはいいことですが、まさか、魔力供給も、私が言った方法で?」
「…………」

 その問いにフェルは一瞬口を噤んで目を逸らした。

「まさか…」
「馴染ませるなら口移しがいいと…だから…まさか俺を騙したのか?」
「いえ、方法のひとつを教えただけで…間違いでは…彼女大丈夫でした?」
「気は失ったが拒絶反応はない。ついでに身体と精神加護、状態異常無効の魔法を掛けて、居場所探知のマークもした」
「え、貴方が?」
「他に誰がいる?」
「あ、いえ…貴方に掛けてもらった魔法なら、最強でしょう」
「でも、まだ足りない。どうしたら…」
「え、そこまでしたら、もう王族並ですよ。それに過剰過ぎると気づかれてしまいます。既にギルド長は気付いているようですけど、ある程度の魔力がなければ彼女に掛けられた魔法を看破することは難しいですから」
「ギルド長…彼には俺のこともバレてる」

 その発言にアベルは驚かなかった。

「マリベルさんの父上にも…」
「そうでしたか…」
「それから」

 フェルは手を翳し、何もない空間から書類の束を取り出し、それをアベルの方へ飛ばした。

「これは?」
「不正取引の証拠。それとマリベルさんの父上の死亡についての証拠。やっぱり事故じゃなかった」
「普通、最初に渡しません?」
「お前がマリベルさんを気安く呼ぶから、腹が立って…」
「私のせいですか?」
「それから」
「まだ何か?」
「そこに書いてあるエミリオって冒険者、彼が手がかりだったが、亡くなった」
「え、それじゃあ、駄目じゃないですか…」
「死体は副ギルド長が検分して、本人だと判明したが、状況からみて怪しい」
「副ギルド長もグルだと?」
「多分、いや、間違いない」
「わかりました。これは中央ギルドに届けておきます」
「頼む、じゃあ」
「あ、お待ちを」

 ベランダから帰ろうとしたフェルを、アベルが呼び止めた。

「もし、彼女が思い出さなかったら、何も言わないつもりですか?」 
「俺にとって、彼女との出会いは特別だが、彼女には何でもない出来事だろう。それより辛いことは思い出さなくていい。過去のことは俺だけが覚えていればいいことだ。彼女との今が大事なんだ」
「隠し事は、バレる前に先に伝えた方がいいですよ。後になればなるほど、取り返しのつかないことになります」
「それは予言か?」
「いえ、友人としての助言です」
「お前が…俺の? 生粋の貴族で王家の血も流れて王位継承権を持つお前が?」
「友人になるのに、生まれや育ちは関係ありません。気にする者もいますが、私も『あの方』も、友人のつもりです」

 フェルは目を瞠ったが、すぐに顔を背けた。

「それから、体裁が必要なら、我が家を利用してください」
「覚えておく」
「副団長、よろしいですか?」

 その時、彼の部屋の扉が叩かれた。

「なんだ?」

 アベルが扉に視線を向け、次にベランダに目をやると、既にフェルはいなくなっていた。

「ほんとに、不器用だな。一途なんだか頑固なのか。いい加減楽になればいいものを」

 フェルの立っていた場所を見ながら、そんな独り言をアベルは呟いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

『平民を人間扱いしない公爵令息、あなたも平民です! ~系譜検察官の目は欺けません~

鷹 綾
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令息アドリアン・ジオニックは、平民の少女を連れて現れ、堂々と言い放った。 「身分など関係ない。彼女こそ、私の真実の愛だ」 だがその一方で、彼は平民や下級貴族を露骨に見下し、使用人を人間扱いすらしない傲慢な人物だった。 そんな彼の振る舞いに違和感を抱いたのは、王宮図書室に通う地味な令嬢アウレリア。 古文書や家系記録を研究する彼女の正体は、王国の貴族制度を守るために存在する一族――系譜検察官の家系の娘だった。 「公爵家にしては……家系が妙です」 調査を進めるアウレリアは、やがて驚くべき事実に辿り着く。 ――その公爵家の家系図は、偽造されたものだった。 王宮舞踏会での公開の場。 提出された調査報告書により、王命が下る。 爵位剥奪。 財産没収。 そして貴族身分の完全剥奪。 貴族を名乗り、平民を見下していた男に突きつけられる残酷な真実。 「私は貴族だ!」 叫ぶ元公爵令息に、アウレリアは静かに告げる。 「いいえ。あなたは――ただの平民です」 平民を人間扱いしなかった男が、自らも平民だったと知るとき。 王国史に残る、最も皮肉なざまぁ事件が幕を開ける。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ
恋愛
婚約破棄―― それは、多くの令嬢にとって人生を揺るがす一大事件。 けれど彼女は、泣き叫ぶことも、復讐に走ることもなかった。 「……では、私は日常に戻ります」 派手なざまぁも、劇的な逆転劇もない。 彼女が選んだのは、線を引き、基準を守り、同じ判断を繰り返すこと。 王宮では改革が進み、領地では生活が整えられていく。 誰かが声高に称えられることもなく、 誰かが悪役として裁かれることもない。 それでも―― 混乱は起きず、争いは減り、 人々は「明日も今日と同じである」ことを疑わなくなっていく。 選ばない勇気。 変えない決断。 名を残さず、英雄にならない覚悟。 これは、 婚約破棄をきっかけに 静かに日常を守り続けた一人の令嬢と、 その周囲が“当たり前”を取り戻していく物語。 派手ではない。 けれど、確かに強い。 ――それでも、日常は続く。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...