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253 ルードリヒ侯爵
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「それでは、バート・レイノルズという偽名を使って商人に扮し、シュルス近辺の侯爵たちを探っていたというのですね」
私に話したことを殿下はもう一度師匠に説明した。
知らなかったとは言え、殿下に掴みかかったことを知り、あの何事も動じない感じの師匠が弱冠青ざめた。
だが、殿下は今はあくまでバート・レイノルズとしてここにいるのだと仰って、問題にはなさらなかった。
陛下が私にバート・レイノルズの存在を告げたことを知り、ちょうどこちらに戻ってきた機会に今日の場を作ったということも聞いた。
「まあ、お体に別状がなくご壮健であらせられたのなら、ようございましたが……何も殿下自ら動かれなくても……」
私と同じようなことを師匠も思ったようだ。
「管理職になるのを拒んで、ずっと現場にこだわり続けたドルグランならわかるだろう」
「これは痛いところを……しかし私と殿下では立場が違います。もう少し御身を大事になさいませ。殿下に何かあれば、私の弟子を含め多くの者が悲しみます」
「私の身分は関係ない。私一人の命と皆の命は同じ。天秤にかけられるものではない。誰を失っても悲しむ者はいる」
「……それはまあ、それをここで論じても話は進みませんが……それで、目的は果たせたのですか?」
「ああ……と言いたいところだが、後一歩だな」
まだ道半ばであると殿下は言ったが、その顔に悲愴感はない。
「年明けには全てが片付くはずだ」
「殿下……そろそろお時間です」
最初にここで私を出迎えてくれた人物が扉を開けて時間を告げてきた。
「ああ……もうそんな時間か。すまないがもう少し待ってくれ」
「何か私に出来ることはありますか?」
始めに殿下についていかなかったのは、私では何も役に立てないと思ったからだ。
でも、離れているとどうしているかと気になってしまう。
何よりも自分も何か力になりたい。
その思いで申し出た。
「いずれ、君の力を借りる時が来るだろうが、今はまだ大丈夫だ」
その言葉に気持ちは落ち込んだが、顔には出していないつもりだった。
ここを出れば、また離れ離れになる。
もう少し話していたかったが、それは私のわがままだろうと言葉を呑み込んだ。
「あれ以来、グスタフは現れていないようだな」
「ですが、所在もわからなくて……」
現れないのいいことなのか。その代わりいつまで経っても尻尾も掴めない。
「焦りは禁物だ。周りを揺さぶれば、そのうち向こうから出てくる筈だ」
「何か目星がついているのですか?」
「だいたいは……だが、最後まで油断はできないからな。最後にルードリヒ侯爵には気を付けろ」
「ルードリヒ侯爵?」
初めて聞く名前だった。
もしかしたらどこかで聞いたかと考えたが、記憶のどこにも引っかからなかった。
「ルードリヒ?」
師匠の方がその名に反応した。
「知っているのですか、師匠」
「おれが現役の時に財務部門の役人をしていたやつか?」
師匠の顔つきを見ると、とても懐かしく思っている感じではない。
明らかに嫌っている様子だった。
「今は一番の責任者です」
「出世したんだな。杓子定規のめんどくさいやつだった」
仮にも侯爵を掴まえて、聞く人によっては不敬だと謗られるところだが、私はともかくキルヒライル様も、師匠の前にいる護衛の男性も師匠を咎めようとはしなかった。
それは師匠の言葉を肯定しているのか、もしくは師匠の感想を重要視していないのか。
「近衛騎士団の予算について、細かいことを色々言ってきた。まあ、国庫のお金を扱うのだから、それくらいでいいと言えばそうなのかも知れないが……だが、家族手当にまで手を出そうとしたので、騎士団ではあいつを嫌う者が多かった」
「家族手当?」
それがどんなものなのかわからず、訊ね返した。
「騎士団で働く者が、万が一働けなくなる位の怪我を負ったり、殉職した際に本人や家族に支払われる手当のことだ。自分達で掛け金を一部負担してもいるが、騎士団の予算で大多数を賄ってもらっている」
年金や傷病手当のようなものみたいだった。
「経費削減がやつらの仕事だってことはわかっていた。だが、そのお金で本人や家族が暫く路頭に迷わずにすむんだったら、必要な金だ」
「結局、どうなったんですか?」
「第一や第二近衛騎士団は貴族が多いからそれほどでもなかったが、騎士団の……特に第三の猛反対と当時の財務長官の決裁が降りなかったことで、立ち消えになった。その時の責任者がその侯爵だ。すました顔をしたいけすかないやつだったよ」
その時のことを思い出したのか、師匠の顔が怒りに燃えていた。
私に話したことを殿下はもう一度師匠に説明した。
知らなかったとは言え、殿下に掴みかかったことを知り、あの何事も動じない感じの師匠が弱冠青ざめた。
だが、殿下は今はあくまでバート・レイノルズとしてここにいるのだと仰って、問題にはなさらなかった。
陛下が私にバート・レイノルズの存在を告げたことを知り、ちょうどこちらに戻ってきた機会に今日の場を作ったということも聞いた。
「まあ、お体に別状がなくご壮健であらせられたのなら、ようございましたが……何も殿下自ら動かれなくても……」
私と同じようなことを師匠も思ったようだ。
「管理職になるのを拒んで、ずっと現場にこだわり続けたドルグランならわかるだろう」
「これは痛いところを……しかし私と殿下では立場が違います。もう少し御身を大事になさいませ。殿下に何かあれば、私の弟子を含め多くの者が悲しみます」
「私の身分は関係ない。私一人の命と皆の命は同じ。天秤にかけられるものではない。誰を失っても悲しむ者はいる」
「……それはまあ、それをここで論じても話は進みませんが……それで、目的は果たせたのですか?」
「ああ……と言いたいところだが、後一歩だな」
まだ道半ばであると殿下は言ったが、その顔に悲愴感はない。
「年明けには全てが片付くはずだ」
「殿下……そろそろお時間です」
最初にここで私を出迎えてくれた人物が扉を開けて時間を告げてきた。
「ああ……もうそんな時間か。すまないがもう少し待ってくれ」
「何か私に出来ることはありますか?」
始めに殿下についていかなかったのは、私では何も役に立てないと思ったからだ。
でも、離れているとどうしているかと気になってしまう。
何よりも自分も何か力になりたい。
その思いで申し出た。
「いずれ、君の力を借りる時が来るだろうが、今はまだ大丈夫だ」
その言葉に気持ちは落ち込んだが、顔には出していないつもりだった。
ここを出れば、また離れ離れになる。
もう少し話していたかったが、それは私のわがままだろうと言葉を呑み込んだ。
「あれ以来、グスタフは現れていないようだな」
「ですが、所在もわからなくて……」
現れないのいいことなのか。その代わりいつまで経っても尻尾も掴めない。
「焦りは禁物だ。周りを揺さぶれば、そのうち向こうから出てくる筈だ」
「何か目星がついているのですか?」
「だいたいは……だが、最後まで油断はできないからな。最後にルードリヒ侯爵には気を付けろ」
「ルードリヒ侯爵?」
初めて聞く名前だった。
もしかしたらどこかで聞いたかと考えたが、記憶のどこにも引っかからなかった。
「ルードリヒ?」
師匠の方がその名に反応した。
「知っているのですか、師匠」
「おれが現役の時に財務部門の役人をしていたやつか?」
師匠の顔つきを見ると、とても懐かしく思っている感じではない。
明らかに嫌っている様子だった。
「今は一番の責任者です」
「出世したんだな。杓子定規のめんどくさいやつだった」
仮にも侯爵を掴まえて、聞く人によっては不敬だと謗られるところだが、私はともかくキルヒライル様も、師匠の前にいる護衛の男性も師匠を咎めようとはしなかった。
それは師匠の言葉を肯定しているのか、もしくは師匠の感想を重要視していないのか。
「近衛騎士団の予算について、細かいことを色々言ってきた。まあ、国庫のお金を扱うのだから、それくらいでいいと言えばそうなのかも知れないが……だが、家族手当にまで手を出そうとしたので、騎士団ではあいつを嫌う者が多かった」
「家族手当?」
それがどんなものなのかわからず、訊ね返した。
「騎士団で働く者が、万が一働けなくなる位の怪我を負ったり、殉職した際に本人や家族に支払われる手当のことだ。自分達で掛け金を一部負担してもいるが、騎士団の予算で大多数を賄ってもらっている」
年金や傷病手当のようなものみたいだった。
「経費削減がやつらの仕事だってことはわかっていた。だが、そのお金で本人や家族が暫く路頭に迷わずにすむんだったら、必要な金だ」
「結局、どうなったんですか?」
「第一や第二近衛騎士団は貴族が多いからそれほどでもなかったが、騎士団の……特に第三の猛反対と当時の財務長官の決裁が降りなかったことで、立ち消えになった。その時の責任者がその侯爵だ。すました顔をしたいけすかないやつだったよ」
その時のことを思い出したのか、師匠の顔が怒りに燃えていた。
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