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第六章

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「俺がいいとか、可愛いことを言ってくれるな。なら、その要望に応えないと、男が廃るというものだ」
「きゃっ」

 ユリウスはジゼルの腰とお尻の下に腕を回して、彼女を縦抱きに抱いたまま立ち上がった。
 突然高い所に持ち上げられて、ジゼルはユリウスの頭にしがみついた。
 自然と彼女の胸がユリウスの顔に当たる。
 
「極上の抱き心地だな」

 胸の谷間に額を擦り付け、ユリウスがうっとりと囁く。
 
「私はそれほど大きくありません。骨が当たると言って…」

 小さくもないとは思うが、ドミニコはもっと大きな胸の女性が好みらしく、文句を言っていた。

「それは大公の意見だろう? 俺はこれがいい」
「ひゃっ」

 服の上からユリウスがジゼルの右乳房に齧り付いた。
 ジゼルの声が裏返る。

「ほ、本当に?」
「今から俺の言ったことだけ信じろ。他の意見は無視していい。わかったな?」
「は、はい」

 きつく言われてジゼルは素直に頷いた。

「それでいい。今から移動するから、しっかり掴まっていろ」
「え、あ、あの…ど、どこへ」
「俺の部屋に決まっている。俺は何処でもいいが、君には抵抗があるだろう」
「そ、それは…はい」

 そのままジゼルはユリウスに抱きかかえられたまま、彼の部屋へと運ばれた。
 幸い夜も遅くなってきていて、彼の部屋までは誰にも会わずに済んだ。

 昨晩まで彼の部屋にいて、今日部屋を移ったばかりなのに、またすぐここに戻ってくることになるとは、ジゼルも思っていなかった。

「もう一度確認するが、本当に構わないのか? 止めるなら今だぞ」

 寝台の脇まで来て、ユリウスはジゼルに再確認する。
 
「今なら俺も、何とか昂ぶったものを収めることは出来る」

 下から仰ぎ見て、ユリウスが言う。

 彼の肩に手を置いた状態で、ジゼルはその手にぎゅっと力を入れて、顔を下に向けた。
 小麦色の髪がさらりと流れてユリウスの顔を囲い込む。
 すぐ目の前に互いの顔があって、ジゼルの髪で檻に閉じこめたかのようだ。

「私に火を点けたのはあなたです。この熱を冷ますのは、あなたでなくては…」

 ユリウスとのこれからのことに、ジゼルは期待と不安を同時に抱いていた。
 何よりユリウスなら、この身を任せても大丈夫だと確信があった。
 
「わかった」

 ユリウスはジゼルの背中を支えたまま、彼の寝台に仰向けにして横たえた。ジゼルの長い小麦色の髪が白いシーツの上に光輪のように広がり、彼女の輪郭を縁取る。 
 その様を見て、ユリウスはごくりと唾を飲み込んだ。

「あなたがここに寝ていたことを思い出して、今夜から夜をどう過ごせばいいかと思っていた。きっとあなたの幻影を夢に見て、火照る体を持て余し眠れなかったと思う」

 ユリウスは自分の寝台に広がるジゼルの小麦色の髪を掬い上げ、さらさらと己の手から零れ落ちる様を眺める。
 
「俺の体の下で、生まれたままの姿のあなたが、その美しい肢体をくねらせ開く姿は、きっと女神の如く美しいだろう」

 ユリウスは手を伸ばし、ジゼルの着ている衣服の胸元に結ばれている結び目を解こうとした。

「あ、あの…ユリウス…待って」

 しかしジゼルは、ユリウスとのひと時の時間に酔いしれるあまり、大事なことを忘れていたことに気づく。

 慌てて結び目を掴んだ彼の手首を掴んだ。

「やはり怖気づいたか?」
「いえ、そうではなくて…その…」
「どうした? 言ってみろ。止めろと言うなら、残念だが何とかするが…」
「いえ、そういうわけでは…その…出来るなら、服は着たままというわけにはいきませんか?」
「は?」

 間の抜けた声がユリウスの口から漏れ、赤い瞳が大きく見開かれた。

「だめ…ですか?」

 そう言ってユリウスを見上げるジゼルの表情は不安げだ。
 無理なことを言っている自覚は彼女にもあるのだ。
 ユリウスは彼女を美しいと言って、優しくうっとりした目で見つめてくれる。
 ユリウスが恐らく想像しているだろう、彼女の一糸纏わぬ体が、彼の幻想であることを彼女は知っている。

「それとも、衣服を着たままでは、無理なのでしょうか」

 ジゼルを見下ろしたまま、何も言わないユリウスの顔は何を考えているのかわからない。

「下着は脱ぐ必要はあるが、服を身に着けたままでも出来ないことはない」
「それなら」
「だが、俺はたとえ薄衣一枚でも、あなたとの間にあるのは好まない。俺はあなたの全てを見て、全身に隈なく手と唇で触れて、肌を擦り合わせたい」
「で、でも私は…い、いやなのです」

 ユリウスの強い口調に、ジゼルは怖気づきながらも、主張する。
 
「バレッシオ大公とも、服を着たままだったのか?」
「い、いえ…あ、そ、そうです」

 違うと言えば、なぜ自分はだめなのかと問い詰められそうで、ジゼルは慌てて肯定した。

「どっちだ。それとも服のままと言うのがエレトリカ王室の伝統とでも?」
「いえ、そんなことは…あ、いえ、そうです」
「支離滅裂だ。嘘を吐こうとするから、辻褄が合わないのだろう?」

 あっさり嘘だと見破られて、ジゼルは押し黙った。

「正直に理由を言ってくれ。ちゃんと納得できる理由なら、望みを受け入れよう」
 
 本当なら激高してもおかしくない状況だ。
 けれどユリウスは宥めるかのように、優しくジゼルの腕を摩って落ち着かせようとしてくれている。

「バレッシオ大公はいいのに、俺は駄目だと納得できる理由があるなら聞こう」

 ユリウスが話を聞く体勢を取った。

「あなたは…私を美しいと、言ってくれます」
「嘘ではない。あなたは美しい」
 
 頬に手を添えて、ユリウスは親指をジゼルの口唇に沿って滑らせる。そうかと思えば柔らかい感触を確かめるかのように、フニフニと押す。

「でも、私は…私の体はあなたが思っているような、そんなものではないんです」
「どういう意味だ? 何を言いたいのかわからない」
「私の体には…き、傷が…」

 そう言って、ジゼルは右脇腹をぐっと押さえた。 
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