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19 アクシデント
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ヘリが離陸し、まずはセントラルパークの上空を飛び、それから高層ビル群を周遊した。
ヘッドホンに付いているイヤホンには、ヘリの操縦士が観光ガイドをしてくれている声が聞こえてきて、それを燕が通訳してくれる。
ウォール街やソーホー、年末のカウントダウンで見たことのある街の景色が眼下に広がっている。
エンパイアステートビルや高層階のビルの展望台にいる人たちがこちらに向かって手を降るのを見て、和音も振り返したが、その間もずっと燕に手を握られているので、気もそぞろである。
時折振り返ると、彼は窓の外ではなく和音の方を向いている。
そして目が合うと、にこりと微笑み返してくるので、その度に和音の心臓はどくんと跳ねる。
(外、見ないのかな)
その気になれば自分でいくらでも飛べるのだから、彼に取っては見慣れた景色なのかも知れないと思いつつ、ちらりと坂口の方を見ると、彼女は外の景色に気を取られて、こちらのことなど気にもしていない。
そうこうしている内に、ヘリは自由の女神の方へと旋回していった。
その間もパイロットは女神像の歴史や高さなどを説明してくれていた。
「あれは『自由の女神』のある島を往復するフェリーだ」
上からゆっくりと進むおもちゃのようなフェリーが見えた。船尾から白い波が立っているので進んでいるのがわかる。
「大きいですね」
ブロンズ色の女神像にどんどん近づいていく。
王冠までは人が登れる。その階段の数や、そこからはトーチが見える。というようなことを説明してくれた。
そこに登った人たちが手を振っているのが見え、和音も振り返そうとした時、和音の手を握る燕の手に力が入った。
「和音!」
燕が叫ぶのと、左右に大きくヘリが揺れるのが同時だった。
「きゃあああ」
「きゃーーー」
和音は悲鳴を上げながら燕に抱き寄せられ、彼の胸に顔を埋めた。
坂口の声だろう悲鳴も聞こえ、パイロットが何か叫んでいる。計器類もアラームが鳴っていた。
「トラブルだ。戻ろう」
まるで余震のようにヘリが小刻みにもう一度揺れてから、揺れは止まった。
「は、はい」
「坂口、大丈夫か?」
「は、ははひ」
燕がその腕に抱え守ってくれているので、パニックにはならなかったが、それでも和音はブルブルと震えて燕にしがみついていた。
「大丈夫だ。だが、観光はもうこれで終わりだ」
「わ、わかりました」
何かで自動車事故より飛行機事故のほうが発生する確率は少ないと読んだことがあるが、それでも落ちれば確実に死ぬ。
何があったのだろうと思いながら、和音を抱きしめる燕の力が強くなり、痛いくらいだ。
「燕、い、痛い。もう少し緩めて」
「す、すまない」
抱きしめる腕の力が緩み、和音はほっと息を吐いた。
「すまない、もう大丈夫だ」
もう一度燕が謝り、和音の背中を優しく燕が撫でて、彼女を落ち着かせようとしてくれる。それでようやく震えは収まったが、ヘリが元の屋上に不時着するまで、和音は彼の胸に額を押し付けたままでいた。
「坂口、悪いが和音の様子を確認してくれ」
「わかりました。和音様、腕を出してください」
言われるままに坂口に向かって腕を差し出すと、彼女はテキパキと脈を取った後で血圧を計った。
「何があったのですか?」
その間に和音はヘリが揺れた原因を尋ねた。
「…多分突風だろう」
風のせいだろうと思ったが、燕の答えもそうだった。
そういう燕の表情は、何かを睨みかのように視線が鋭く、厳しい表情をしていた。
出会ってから彼のそんな表情を見るのは初めてだった。
しかし、動揺して和音は揺れる前後の時系列について、見落としていた。
燕が和音の名を呼び抱き寄せたのが、ヘリが揺れる前だったことに。
「あの、恐かったけど、もう大丈夫です」
和音はヘリが揺れた恐怖より、初めて見る燕の険しい表情の方が気になった。
「だから、そんな怖い顔しないでください」
何に対してそんな剣呑な表情をしているのかわからないが、和音が大丈夫だと言えば少しは表情を和らげてくれるのではないかと思った。
「ああ、すまない。私がいれば落ちることはないが、それでも驚いただろう?」
「大丈夫です。脈が少し速いですが血圧も問題ありません」
「そうか、良かった」
坂口の言葉にほっとしたのか、険しい表情が一瞬で緩んで、和音を安心させようと微笑み返してくる。
考えてみれば、燕の力があれば、万が一落ちても何とかなったのだろう。
「和音!」
しかし、初めて死の危険を感じたからが、ヘリがエンジンを切って降りようとした時、和音は少しふらついた。
「ご、ごめんなさ…」
咄嗟に燕が体を支え、また「ごめんなさい」と言おうとして途中で気づき口を閉じた。
「謝ることはない。坂口、悪いが私はこのまま和音と先にホテルへ戻る。君たちは後から来てくれ」
「え、あ、きゃっ」
燕はそう言うと、さっと和音を抱き上げて、力を使ってホテルへ瞬時に移動した。
ヘッドホンに付いているイヤホンには、ヘリの操縦士が観光ガイドをしてくれている声が聞こえてきて、それを燕が通訳してくれる。
ウォール街やソーホー、年末のカウントダウンで見たことのある街の景色が眼下に広がっている。
エンパイアステートビルや高層階のビルの展望台にいる人たちがこちらに向かって手を降るのを見て、和音も振り返したが、その間もずっと燕に手を握られているので、気もそぞろである。
時折振り返ると、彼は窓の外ではなく和音の方を向いている。
そして目が合うと、にこりと微笑み返してくるので、その度に和音の心臓はどくんと跳ねる。
(外、見ないのかな)
その気になれば自分でいくらでも飛べるのだから、彼に取っては見慣れた景色なのかも知れないと思いつつ、ちらりと坂口の方を見ると、彼女は外の景色に気を取られて、こちらのことなど気にもしていない。
そうこうしている内に、ヘリは自由の女神の方へと旋回していった。
その間もパイロットは女神像の歴史や高さなどを説明してくれていた。
「あれは『自由の女神』のある島を往復するフェリーだ」
上からゆっくりと進むおもちゃのようなフェリーが見えた。船尾から白い波が立っているので進んでいるのがわかる。
「大きいですね」
ブロンズ色の女神像にどんどん近づいていく。
王冠までは人が登れる。その階段の数や、そこからはトーチが見える。というようなことを説明してくれた。
そこに登った人たちが手を振っているのが見え、和音も振り返そうとした時、和音の手を握る燕の手に力が入った。
「和音!」
燕が叫ぶのと、左右に大きくヘリが揺れるのが同時だった。
「きゃあああ」
「きゃーーー」
和音は悲鳴を上げながら燕に抱き寄せられ、彼の胸に顔を埋めた。
坂口の声だろう悲鳴も聞こえ、パイロットが何か叫んでいる。計器類もアラームが鳴っていた。
「トラブルだ。戻ろう」
まるで余震のようにヘリが小刻みにもう一度揺れてから、揺れは止まった。
「は、はい」
「坂口、大丈夫か?」
「は、ははひ」
燕がその腕に抱え守ってくれているので、パニックにはならなかったが、それでも和音はブルブルと震えて燕にしがみついていた。
「大丈夫だ。だが、観光はもうこれで終わりだ」
「わ、わかりました」
何かで自動車事故より飛行機事故のほうが発生する確率は少ないと読んだことがあるが、それでも落ちれば確実に死ぬ。
何があったのだろうと思いながら、和音を抱きしめる燕の力が強くなり、痛いくらいだ。
「燕、い、痛い。もう少し緩めて」
「す、すまない」
抱きしめる腕の力が緩み、和音はほっと息を吐いた。
「すまない、もう大丈夫だ」
もう一度燕が謝り、和音の背中を優しく燕が撫でて、彼女を落ち着かせようとしてくれる。それでようやく震えは収まったが、ヘリが元の屋上に不時着するまで、和音は彼の胸に額を押し付けたままでいた。
「坂口、悪いが和音の様子を確認してくれ」
「わかりました。和音様、腕を出してください」
言われるままに坂口に向かって腕を差し出すと、彼女はテキパキと脈を取った後で血圧を計った。
「何があったのですか?」
その間に和音はヘリが揺れた原因を尋ねた。
「…多分突風だろう」
風のせいだろうと思ったが、燕の答えもそうだった。
そういう燕の表情は、何かを睨みかのように視線が鋭く、厳しい表情をしていた。
出会ってから彼のそんな表情を見るのは初めてだった。
しかし、動揺して和音は揺れる前後の時系列について、見落としていた。
燕が和音の名を呼び抱き寄せたのが、ヘリが揺れる前だったことに。
「あの、恐かったけど、もう大丈夫です」
和音はヘリが揺れた恐怖より、初めて見る燕の険しい表情の方が気になった。
「だから、そんな怖い顔しないでください」
何に対してそんな剣呑な表情をしているのかわからないが、和音が大丈夫だと言えば少しは表情を和らげてくれるのではないかと思った。
「ああ、すまない。私がいれば落ちることはないが、それでも驚いただろう?」
「大丈夫です。脈が少し速いですが血圧も問題ありません」
「そうか、良かった」
坂口の言葉にほっとしたのか、険しい表情が一瞬で緩んで、和音を安心させようと微笑み返してくる。
考えてみれば、燕の力があれば、万が一落ちても何とかなったのだろう。
「和音!」
しかし、初めて死の危険を感じたからが、ヘリがエンジンを切って降りようとした時、和音は少しふらついた。
「ご、ごめんなさ…」
咄嗟に燕が体を支え、また「ごめんなさい」と言おうとして途中で気づき口を閉じた。
「謝ることはない。坂口、悪いが私はこのまま和音と先にホテルへ戻る。君たちは後から来てくれ」
「え、あ、きゃっ」
燕はそう言うと、さっと和音を抱き上げて、力を使ってホテルへ瞬時に移動した。
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