28 / 61
28 卵と鶏
しおりを挟む
くううう
静かな部屋の中で、和音のお腹が鳴った。
「は、あの、これは…」
真面目な話をしているのに、和音の体は空気を読んでくれなかった。
「気にしないで、たとえゲップもおならも、和音のなら全部可愛いと思う」
「そ、そそそれは、そんなことないから」
出物腫れ物所嫌わずだから、もちろんゲップもおならも、くしゃみだって出ることはある。
くしゃみはまだしも、お腹が鳴るのとそれはレベルが違う。
「和音のお腹の中には子供がいる。普段よりお腹が空くのは仕方がない」
「気を使ってくれてありがとう」
妊娠は初めての和音でも、まだそこまで大きくなっていないのに、子供がいるからお腹が空くという段階ではないのはわかる。
今の言葉は燕の優しさだ。
「夕食を早くしてもらおう」
燕の屋敷での初めての夕食は、海の見えるテラスで、沈む夕日を眺めながらというものだった。
屋敷の周囲は木々の生い茂る森が広がっているが、少し高い場所にあるため、窓からは海が見える。
沈む夕陽が海を真っ赤に染めていく中、爽やかな風に吹かれながら和音は燕と向かい合って、座っていた。
夕食のメニューはシーフード。
シュリンプカクテルに白身魚のフライ、そして茹でたロブスターなどがテーブルに並ぶ。
「ほら、和音、これもどうぞ」
テレビなどで小さなハンマーでロブスターの殻を叩き、豪快に手で食べるのを見たことがある。
それを今、目の前で燕がやっている。
ただし、ハンマーではなく、自らの手で。
そして殻を割って取り出した中身を、あ~んと和音の口へと運ぶ。
親鳥が雛に餌を運ぶように。
「あ、ありがとう」
最初遠慮していた和音だったが、誰も見ていないと言われ、抵抗虚しく今は素直に口を開く。
「美味しい」
口にした途端、和音はぱっと目を見開いて、呟いた。シンプルな調理法なので、素材の新鮮さと旨味がすごくよくわかる。
「ほらこっちも」
今度は揚げてサクサクとした衣を纏った魚のフライを口に放り込む。
口の中でそれはホロリと崩れるくらいに柔らかく、軽い口当たりの衣の食感も素晴らしかった。
「美味しいか?」
「はい、とっても」
「そう、良かった」
美味しそうに何でも食べる和音を見て、燕は満足して微笑む。
緩く弧を描く唇に目が行き、和音はごくりと口の中のものを飲み込んだ。
(さっき、あの唇にキスされたんだ)
景色も素晴らしい。食事も美味しい。なのに和音の目はどうしても燕へと向き、彼を意識してしまう。
そして、油断するとさっきのキスを思い出している。
和音のことをとても大事にしてくれるのは、彼女が彼の子供を身籠っているから。
それは間違いない。
だけど、和音の涙を見て心を痛め、物騒な提案をしたのは。そして自分が持っているもの全てを放り投げても、和音の過去の悲しみを拭い去ろうと言ってくれたのは、子供のためだけだろうか。
もちろん、母体の健康や精神の安定が大事なのはわかる。
でも、それだけであそこまで言ってくれるものだろうか。
かつて父親(すでに和音の中ではあの人と呼ぶ他人同然の人)に求めて得られなかった愛情。
そして唯一の肉親として最も和音の側にいた母を失い、それを埋めるように現れた燕。
和音を気遣い励まし、大切にしてくれる。
それは和音だからなのか。
それとも和音が彼の子供を妊娠しているからなのか。
卵が先か鶏が先か、みたいなものだろうか。
「燕は、どうしてこんなことまでしてくれるの?」
「こんなこと?」
「えっと…親鳥みたいに食べさせてくれること。私、燕にいっぱい色々としてもらってるけど、何も返せていない。第一、私が燕にしてあげられることなんてなくて…妊娠だって、私から進んでやったわけじゃないし」
「和音。それは」
「あ、別に最初はなんでって思ったけど、子供はいつか持ちたいとは思っていたし、ちゃんと妊娠は受け入れているわ。まだはっきり実感はないけど」
それは本当だ。子供はほしいと思っていた。いつか誰かと結婚して、その人と子供をつくり、家族を増やす。
ただ、男性を信用できず、その「誰か」と一緒になるのが怖かった。
父と母のようになるのを恐れていたからだ。
かと言って子供を作るのにも一人では無理で、相手がいる。
「そこは申し訳ない。地球とトゥールラーク人の妊娠や結婚に対する認識が異なるからだろう。それに、トゥールラーク人の習性というものも、和音が考えるものとは違うからだ」
そう言いつつ、燕はまた和音の口元にロブスターを運ぶ。それがあまりに自然な仕草だったため、和音も条件反射で口を開けてしまった。
口をあんぐり開けて、燕の手からロブスターを頬張る和音を、燕は愛おしげに見つめ、またもや和音の頬は赤く染まった。
「だって、美味しいから…」
静かな部屋の中で、和音のお腹が鳴った。
「は、あの、これは…」
真面目な話をしているのに、和音の体は空気を読んでくれなかった。
「気にしないで、たとえゲップもおならも、和音のなら全部可愛いと思う」
「そ、そそそれは、そんなことないから」
出物腫れ物所嫌わずだから、もちろんゲップもおならも、くしゃみだって出ることはある。
くしゃみはまだしも、お腹が鳴るのとそれはレベルが違う。
「和音のお腹の中には子供がいる。普段よりお腹が空くのは仕方がない」
「気を使ってくれてありがとう」
妊娠は初めての和音でも、まだそこまで大きくなっていないのに、子供がいるからお腹が空くという段階ではないのはわかる。
今の言葉は燕の優しさだ。
「夕食を早くしてもらおう」
燕の屋敷での初めての夕食は、海の見えるテラスで、沈む夕日を眺めながらというものだった。
屋敷の周囲は木々の生い茂る森が広がっているが、少し高い場所にあるため、窓からは海が見える。
沈む夕陽が海を真っ赤に染めていく中、爽やかな風に吹かれながら和音は燕と向かい合って、座っていた。
夕食のメニューはシーフード。
シュリンプカクテルに白身魚のフライ、そして茹でたロブスターなどがテーブルに並ぶ。
「ほら、和音、これもどうぞ」
テレビなどで小さなハンマーでロブスターの殻を叩き、豪快に手で食べるのを見たことがある。
それを今、目の前で燕がやっている。
ただし、ハンマーではなく、自らの手で。
そして殻を割って取り出した中身を、あ~んと和音の口へと運ぶ。
親鳥が雛に餌を運ぶように。
「あ、ありがとう」
最初遠慮していた和音だったが、誰も見ていないと言われ、抵抗虚しく今は素直に口を開く。
「美味しい」
口にした途端、和音はぱっと目を見開いて、呟いた。シンプルな調理法なので、素材の新鮮さと旨味がすごくよくわかる。
「ほらこっちも」
今度は揚げてサクサクとした衣を纏った魚のフライを口に放り込む。
口の中でそれはホロリと崩れるくらいに柔らかく、軽い口当たりの衣の食感も素晴らしかった。
「美味しいか?」
「はい、とっても」
「そう、良かった」
美味しそうに何でも食べる和音を見て、燕は満足して微笑む。
緩く弧を描く唇に目が行き、和音はごくりと口の中のものを飲み込んだ。
(さっき、あの唇にキスされたんだ)
景色も素晴らしい。食事も美味しい。なのに和音の目はどうしても燕へと向き、彼を意識してしまう。
そして、油断するとさっきのキスを思い出している。
和音のことをとても大事にしてくれるのは、彼女が彼の子供を身籠っているから。
それは間違いない。
だけど、和音の涙を見て心を痛め、物騒な提案をしたのは。そして自分が持っているもの全てを放り投げても、和音の過去の悲しみを拭い去ろうと言ってくれたのは、子供のためだけだろうか。
もちろん、母体の健康や精神の安定が大事なのはわかる。
でも、それだけであそこまで言ってくれるものだろうか。
かつて父親(すでに和音の中ではあの人と呼ぶ他人同然の人)に求めて得られなかった愛情。
そして唯一の肉親として最も和音の側にいた母を失い、それを埋めるように現れた燕。
和音を気遣い励まし、大切にしてくれる。
それは和音だからなのか。
それとも和音が彼の子供を妊娠しているからなのか。
卵が先か鶏が先か、みたいなものだろうか。
「燕は、どうしてこんなことまでしてくれるの?」
「こんなこと?」
「えっと…親鳥みたいに食べさせてくれること。私、燕にいっぱい色々としてもらってるけど、何も返せていない。第一、私が燕にしてあげられることなんてなくて…妊娠だって、私から進んでやったわけじゃないし」
「和音。それは」
「あ、別に最初はなんでって思ったけど、子供はいつか持ちたいとは思っていたし、ちゃんと妊娠は受け入れているわ。まだはっきり実感はないけど」
それは本当だ。子供はほしいと思っていた。いつか誰かと結婚して、その人と子供をつくり、家族を増やす。
ただ、男性を信用できず、その「誰か」と一緒になるのが怖かった。
父と母のようになるのを恐れていたからだ。
かと言って子供を作るのにも一人では無理で、相手がいる。
「そこは申し訳ない。地球とトゥールラーク人の妊娠や結婚に対する認識が異なるからだろう。それに、トゥールラーク人の習性というものも、和音が考えるものとは違うからだ」
そう言いつつ、燕はまた和音の口元にロブスターを運ぶ。それがあまりに自然な仕草だったため、和音も条件反射で口を開けてしまった。
口をあんぐり開けて、燕の手からロブスターを頬張る和音を、燕は愛おしげに見つめ、またもや和音の頬は赤く染まった。
「だって、美味しいから…」
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる