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30 燕の選択
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百年。十年一昔という四字熟語があるように、十年でももう昔のこととなってしまう。
その十倍の年月を燕は和音に会うまで過ごした。
そう和音が生まれるずっと前から。
正確には和音を待っていたのではなく、自分の子の母親に慣れる素質を持った人物だけど。
「だから実際にこうして話し、触れ合えるだけで私は嬉しい」
そう言って和音に優しい笑みを向けてくれるが、燕が待っていたのは和音ではなく、自分の子供を生んでくれる存在。
けっして和音だからではない。
彼が和音を大事にしてくれるほどに、その考えが和音の頭に浮かぶ。
「トゥールラーク人には、地球人のように結婚という考えはない。子供を先につくり、それから両親は子供を中心にして共に暮らす。二人目三人目を稀に産む場合もあるが、言ったように我々は個体が少なく、なかなか次は生まれない。そして子供が大きくなって巣立った後もどちらかが死ぬまで共に過ごし、遺された方もやがて後を追うように亡くなる」
「途中で別れたりはしないのですか?」
死が二人を別つまで。トゥールラーク人は共に有り続けると言うのは本当だろうか。
「君が言う途中で別れるというのが地球でいう離婚ということなら、ないな。浮気もない。それだけ繋がりは深い」
「お互いに?」
「そうだ」
「絶対に?」
「絶対に」
燕は力強く言い切るがこの世に「絶対」などあるのだろうか。
誰だって離婚を前提に結婚する人はいない。
小説などでよく数年後の離婚を約束して契約婚などをする話があるが、それは設定で、実際二人は離婚することなく仲睦まじく幸せになりました。という展開になる。
でも、燕の言うことが本当だとしたら、ひとつ気になることがある。
話している内にいつの間にか太陽は水平線の彼方に沈み、辺りは薄暗くなり、火を灯したキャンドルが周りに置かれた。
庭には松明が焚かれ、空には満天の星が輝き、幻想的な雰囲気になっていた。
雰囲気に酔いそうになるが、和音は彼の話しの続きを待った。
「デザートは?チョコレートケーキがある」
「チョコ…いただきます」
この話の流れでデザートに話を振られ、拍子抜ける。
彼自身、これ以上話を続けたくないということだろうか。
「燕が今五百歳で、まだまだ生きるのはわかりました。トゥールラーク人が一度縁を結べは、どちらかが死ぬまで別れないのも。でも、私の寿命は残り百年もありません」
それでも和音は聞かずにはいられなかった。
和音は間違いなく先に死ぬ。
そして遺された者も、後を追うように亡くなるということは。和音が死ねば、彼の死期は一気に迫るのではないか。
特に何をするでもなく、ただ和音を側に置くだけで、彼は後百年も生きられない。
「地球の重力の影響とでも言うのか。トゥールラーク人の体も、地球に合わせて変わっていくのだろう」
「燕は、それで納得しているのですか?」
地球人である和音に引きずられ、寿命が短くなるなんて、それを納得しているような燕の表情に、和音の方が納得できなかった。
「なぜ、そんな風に平静なのです。死ぬんですよ」
「トゥールラーク人とて不死ではない。早いか遅いかで、いずれ死ぬ。それにただ死ぬのではない。ちゃんと後継者はいる」
「でも…」
「和音、君が選ばれたのは検査で私の子を産める能力を持っているからだが、それだけで君が選ばれたわけではない」
「え?」
なぜか和音の方が興奮し、それを落ち着かせるかのように燕がその手を握る。
「候補は和音だけではない。候補は数年前から何人かいた。でも、自分の子を生んでほしいと、君を選んだのは私だ」
「え…」
それは燕と出会ってから、さっきも和音が考えていたことを打ち消す言葉だった。
燕の子供を産む素質を持つ者が他にもいて、数年前からいたという事実に和音は戸惑いを覚えた。
なぜ彼は和音を選んだのか。
「トゥールラーク人が伴侶を失い、すぐに後を追うように死ぬ理由は二つある」
「二つ?」
「目的の一つ目は命を繋ぐこと。子を成し、子供が無事に生まれれば、それで成体の役割のひとつは達成する。そして二つ目は」
燕は和音を射抜くように見つめた。
「寂しくて死ぬんだ」
「寂しくて?」
「補足するなら、共にいたいと思った相手、そしてその相手がこの世からいなくなれば、それを追って共に死んでもいいと思う相手。そういう相手を選ぶ」
「共に…死ぬ」
「この生を共に終わらせる相手として、和音をパートナーに選んだ。けっして子供のためだけではない」
言葉を無くし、和音はごくりと唾を飲み込んだ。
それは和音が思っていたよりずっと重く、深いものだった。
その十倍の年月を燕は和音に会うまで過ごした。
そう和音が生まれるずっと前から。
正確には和音を待っていたのではなく、自分の子の母親に慣れる素質を持った人物だけど。
「だから実際にこうして話し、触れ合えるだけで私は嬉しい」
そう言って和音に優しい笑みを向けてくれるが、燕が待っていたのは和音ではなく、自分の子供を生んでくれる存在。
けっして和音だからではない。
彼が和音を大事にしてくれるほどに、その考えが和音の頭に浮かぶ。
「トゥールラーク人には、地球人のように結婚という考えはない。子供を先につくり、それから両親は子供を中心にして共に暮らす。二人目三人目を稀に産む場合もあるが、言ったように我々は個体が少なく、なかなか次は生まれない。そして子供が大きくなって巣立った後もどちらかが死ぬまで共に過ごし、遺された方もやがて後を追うように亡くなる」
「途中で別れたりはしないのですか?」
死が二人を別つまで。トゥールラーク人は共に有り続けると言うのは本当だろうか。
「君が言う途中で別れるというのが地球でいう離婚ということなら、ないな。浮気もない。それだけ繋がりは深い」
「お互いに?」
「そうだ」
「絶対に?」
「絶対に」
燕は力強く言い切るがこの世に「絶対」などあるのだろうか。
誰だって離婚を前提に結婚する人はいない。
小説などでよく数年後の離婚を約束して契約婚などをする話があるが、それは設定で、実際二人は離婚することなく仲睦まじく幸せになりました。という展開になる。
でも、燕の言うことが本当だとしたら、ひとつ気になることがある。
話している内にいつの間にか太陽は水平線の彼方に沈み、辺りは薄暗くなり、火を灯したキャンドルが周りに置かれた。
庭には松明が焚かれ、空には満天の星が輝き、幻想的な雰囲気になっていた。
雰囲気に酔いそうになるが、和音は彼の話しの続きを待った。
「デザートは?チョコレートケーキがある」
「チョコ…いただきます」
この話の流れでデザートに話を振られ、拍子抜ける。
彼自身、これ以上話を続けたくないということだろうか。
「燕が今五百歳で、まだまだ生きるのはわかりました。トゥールラーク人が一度縁を結べは、どちらかが死ぬまで別れないのも。でも、私の寿命は残り百年もありません」
それでも和音は聞かずにはいられなかった。
和音は間違いなく先に死ぬ。
そして遺された者も、後を追うように亡くなるということは。和音が死ねば、彼の死期は一気に迫るのではないか。
特に何をするでもなく、ただ和音を側に置くだけで、彼は後百年も生きられない。
「地球の重力の影響とでも言うのか。トゥールラーク人の体も、地球に合わせて変わっていくのだろう」
「燕は、それで納得しているのですか?」
地球人である和音に引きずられ、寿命が短くなるなんて、それを納得しているような燕の表情に、和音の方が納得できなかった。
「なぜ、そんな風に平静なのです。死ぬんですよ」
「トゥールラーク人とて不死ではない。早いか遅いかで、いずれ死ぬ。それにただ死ぬのではない。ちゃんと後継者はいる」
「でも…」
「和音、君が選ばれたのは検査で私の子を産める能力を持っているからだが、それだけで君が選ばれたわけではない」
「え?」
なぜか和音の方が興奮し、それを落ち着かせるかのように燕がその手を握る。
「候補は和音だけではない。候補は数年前から何人かいた。でも、自分の子を生んでほしいと、君を選んだのは私だ」
「え…」
それは燕と出会ってから、さっきも和音が考えていたことを打ち消す言葉だった。
燕の子供を産む素質を持つ者が他にもいて、数年前からいたという事実に和音は戸惑いを覚えた。
なぜ彼は和音を選んだのか。
「トゥールラーク人が伴侶を失い、すぐに後を追うように死ぬ理由は二つある」
「二つ?」
「目的の一つ目は命を繋ぐこと。子を成し、子供が無事に生まれれば、それで成体の役割のひとつは達成する。そして二つ目は」
燕は和音を射抜くように見つめた。
「寂しくて死ぬんだ」
「寂しくて?」
「補足するなら、共にいたいと思った相手、そしてその相手がこの世からいなくなれば、それを追って共に死んでもいいと思う相手。そういう相手を選ぶ」
「共に…死ぬ」
「この生を共に終わらせる相手として、和音をパートナーに選んだ。けっして子供のためだけではない」
言葉を無くし、和音はごくりと唾を飲み込んだ。
それは和音が思っていたよりずっと重く、深いものだった。
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