【完結】ご懐妊から始まる溺愛〜お相手は宇宙人

七夜かなた

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33 悪い男

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和音がバイトから帰って来ると父がアパートの前で待っていた。
小さい頃に会ったきり、大人になってから初めて見た父は、和音の記憶よりずっと小さく見えた。

「久し振りだな。お母さん、亡くなったそうだな」

お経もいらない。ただ火葬してくれればいい。
そう母は言っていたが、和音は母の死亡が確認されて、看護師によるエンゼルケアが済んでから、声をかけてきてくれた葬儀会社の人と相談し、火葬場に併設されている葬儀場で、ひっそりとお通夜と告別式を行った。
和音と母が住んでいたアパートの大家さんや、母が長年勤めていたお弁当屋の店主などがお悔やみに来てくれた。

彼には母のことは知らせていなかった。どこかで聞きつけてきたのだろうか。
その答えはすぐにわかった。

「今からでもお線香あげさせてもらっていいかな」

父に拝まれても母が喜ぶかどうかわからないが、したいと言うのを断るわけにもいかず、和音は承諾した。

「今、どうしてる?」
「コンビニでバイトを…そっちは?」

近況を尋ねられ答えてから、一応和音も尋ねた。
どうしても「お父さん」とは言えなかった。

「この不景気だろ。何とか首にならずにすんでいるが、残業代もでないし、なかなか厳しいよ。息子は来年私学の進学校に行くと言ってる。男の子だからね、大学まで行かせてやりたい」

会ったこともない異母兄弟の話題になる。和音と母を捨てた父。
女であるということだけで、和音に愛情をくれなかった父。
なのに、息子のことはとても誇らしげに話す。

「そう。頑張ってね」

和音に対して払う養育費も滞納し、おかげで和音と母はお金の面では苦労した。
高校の成績は悪くなかったので、担任からは進学を進められたし、奨学金についても説明を受けた。
でもちょうど母の病気がわかり、和音は進学を諦めた。
ほしかったわけではないが、線香をあげにきたと言いながら、香典も御供えもない。

「今日はありがとう。元気でね」

他人より余所余所しい父とこれ以上一緒にいられなくて、遠回しに帰ってくれと言うつもりで挨拶した。

「和音、その…」
「何?」

しかし父は和音の真意に気づかないのか、すぐに立ち去ろうとしない。

「その、お母さんは、保険なんかには…」
「どういう意味?」
「ほら立花さん、お前の同級生の子のお母さん、保険の外交員をしていただろう? 同級生のよしみでお母さんが契約したって…この前立花さんに会って、時折見直しの営業に行っててまだ契約をしてもらってるって…」
「だから?」

和音は嫌な予感しかしなかった。
同級生の立花香里の母は生命保険会社の外交員をしている。営業が上手でいい人なのだが、おしゃべりなのがたまにキズだ。
父と会ったのは偶然なのかはわからないが、母が生命保険を契約していることを聞いて、今日ここに来たのだとしたら。
母の死も彼女から聞いたのだろう。

「なあ、その、ちょっとでいいんだ」
「帰って」
「和音」
「帰ってよ、お母さんが私のために家計をやりくりしてかけてきてくれたお金なの。お母さんの命なの。なんでそんなこと言うのよ。一円だってあげないから、帰って」
「か、和音、お父さんが恥を偲んで頼んでるのに、なんだその言い方」
「恥だと思ってるなら、それ以上言わないで」
「お前の弟なんだぞ、勉強も出来て賢い子なんだ、可哀想だろ」
「知らない! 弟じゃない、あなたも私のお父さんでもない。女だから私のことをいらないって言ってたくせに、なんで言うこと聞く必要あるのよ。意地汚い」
「お前、親に向かって何だその言い方は!」

バチンッと平手が和音の頬に飛んだ。ジンジンと痛む頬を和音は手で覆った。

「可愛げのない娘だ。いいか、二度と舐めた口を聞くな。五百万だ。それで勘弁してやる。来月来るからな」

そう言い捨てて帰って行った。

その後は体調不良から妊娠がわかり、そのままここに来た。

その父が、和音の捜索願いを出した?
和音がどうなろうと気にしない。どうしていたのかも聞かなかった父が。

「『娘が消えた。娘は母親の死亡保険金を受け取り大金を持っている。きっと金目当ての悪い男に騙されたんだ。娘を…娘とお金を取り戻してください』そう訴えているそうだ」

取り戻したいのは「娘」なのか「お金」なのか。多分後の方だろう。

「『金目当ての悪い男』というのは私のことか?」
「ふっ」

不本意だという気持ちがありありで燕が言うので、和音は思わず吹き出してしまった。
実際は和音に入った母の死亡保険金の一千万など、彼にははした金なのに。それが可笑しかった。

「あ、ごめんなさい。笑う所じゃなかった」
「笑えるなら良かった。心配することは何もない。大丈夫だ。私がいる。母上にも頼まれているし、頼まれなくても和音に一人で向き合わせたりはしない」

和音の手を握り返して、燕が力強く言った。
これほど心強いことはないと、和音は心から安堵した。
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