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40 トゥールラーク人の「あれ」

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ずっと。初めて会ったときから燕は和音に優しかった。
優しかったという言葉では足らない。
燕のすることはすべて和音のため。和音のために、燕は彼の出来ることはなんでもしてくれた。
最初それは、子供のためだと思っていた。子供が出来たから。彼の子を宿す能力を和音が持ち、実際彼の子を宿した。だから尊重し、大事にしてくれる。
でもそれは違った。
トゥールラーク人のさがというか、たとえ子供を設けるのが目的だとしても、燕は和音を相手に選んだ。
そして、一方の寿命が尽きたとき、残された側のトゥールラーク人は後を追うように命を落とすという。

寿命は誰にも決められない。いつ、どうやって死ぬか。死に至る病になり余命を宣告されても、いつ何月何日何時何分に死ぬのかまでは予言できない。

死が二人を別つまでと言う誓いがあるが、まさにそれを体現するかのような生き様。

「燕、側に来て」

病院のベッドというには特別室のベッドは広い。和音は体をずらし、燕が側に横たわれる場所をつくる。

「和音?」

和音の行動の意味を燕は計りかねて眉を顰める。

「ここに来て、私を…抱きしめて」
「え?」
「だめ?」
「駄目とか…君の願いを断れるわけがない」
「だったら、来て」

和音が伸ばした手を掴み、反対の手をベッドに突くと、燕は和音の横に身を横たえた。
燕が側に来るとすぐに和音は彼に抱きついた。

「和音…」

和音から燕に擦り寄るのは初めてだった。
ぎゅっと彼の背中に手を回して抱きしめ、彼の胸に顔を埋めた。

「私…ズルい人間なの」
「え?」
「燕が…自分を突き放さないとわかって、私のことを拒絶しないとわかってからでないと、本当のことを言えない」
「君がズルいなどと…そんなことはない」

そんな和音の背中にそっと燕も手を回す。

温かい燕の体に包み込まれ、和音は母の懐の中にいるような安心感を覚える。
この人の腕の中なら、自分は自分をさらけ出しても、すべてを受け入れてくれる人。

燕の温かい体と、伝わる鼓動に、和音はその皮膚の下に温かい血が流れていることを実感する。

彼の血は和音と同じ赤なのだろうか。
それとも青や水色?
ドクドクと打つのは和音と同じ形の心臓なのだろうか。
トゥールラーク人も、同じ内臓を持っているのだろうか。
そして、男女が愛し合う方法も、地球のそれと同じなのだろうか。
地球人をトゥールラーク人と同じに進化させたと言っていたし、子供が出来るなら、体の構造も似ているのだろうか。

「私…もっと燕のことが知りたい」
「何を知りたい?」
「今生きている人の中で、私の大切なものは、お腹の子供と、燕だけ。他は何もいらない」

そう言って和音は彼の胸元から顔を上げ、上目遣いに彼を見た。
青い瞳にオレンジ掛かった光が瞬いているのか見える。

「燕の瞳…何か星みたいなものが瞬いてる」

意外に燕の瞳は雄弁だと思った。それが何の意味かはわからないけど。

「和音?」

和音は上半身を伸ばして彼の首に腕を回すと、その唇にそっと口をつけた。
和音からするキスはこれが初めてだった。

「ありがとう。私のことで怒ってくれて」
「当然だ。妻を侮辱されて我慢できる者はトゥールラークにはいない」

一度離してまた唇を触れ合わせる。今度はより深く長く。

「教えて」
「何でも」
「トゥールラーク人はどんな風に愛を交わすの? 地球と同じ? それとも」

熱っぽく瞳を潤ませ、和音は燕の体に自らの体を押し付けた。

「……どこまで知りたい?」
「どこまで? そんなにたくさんあるの?」
「そうじゃなく…一応、地球人バージョンとトゥールラーク人バージョンがあるから」
「地球人バージョンは…でしょ? よくテレビとかで見る」

男女のセックスのシーンを思い浮かべる。

「そうだ。でも、ちょっと違うかな」
「え、どういう?」

「トゥールラーク人の体も、地球に来てから少しずつ変化している。地球人と同じような機能を持つものと、トゥールラーク人がかつて持っていたものと両方が備わっている」
「機能?」
「そうだ。男にあって女にないものだ」
「えっと…それは」

男性にあって女性にないものと言えば、もちろんだろう。

「でも、それが何なの?」

燕の言う「あれ」が何なのかわかっても、和音には彼の言わんとすることがわからなかった。

「トゥールラーク人には、地球人のものと同じ、排泄をするためのものと、生殖のためのもの。ペニスが二つある」
「え!」
「だから、地球式のセックスも、普通とは言えない」
「………」

燕の話は、和音の想像を遥かに越えるものだった。
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