52 / 61
52 父と母
しおりを挟む
「怖いのか?」
「だってここ、自殺の名所とか言われているし」
「怖ければ顔を伏せていろ」
言うとおりすると、ふわりと風が起こり、伏せたまま隙間から周囲を伺うと、和音は木々の上に浮いていた。そしてその向こうには富士山が見える。
「わあ、富士山」
日本人はなぜか富士山を見るとなぜか感慨深くなる。
日本の象徴とも言える霊山。それが陽の光を浴びてその優美な姿を見せている。
「怖いんじゃなかったのか?」
顔を上げて富士山に魅入っていると、燕がからかうように言った。
「だって富士山ですよ。こんな近くで見たの初めて」
「それは良かった」
ふっと頬に息がかかったかと思うと、チュッと燕の唇が触れた。
「え、燕」
驚いて目を丸くすると、燕が拗ねたように和音を見ている。
「景色に見惚れるのもいいが、私の方も見てくれ」
「燕、まさか、富士山に嫉妬してるの?」
「認めたくないがそうらしい。和音がそんなキラキラした目で見ているのが私じゃないのが、寂しい」
「燕…」
まさか景色に見惚れるだけで、その景色にまで嫉妬するとは思わなかった。
「私のせいで和音を怖い目に合わせたのに、だからと言って今更和音を遠ざけることも出来ない。自分がこれほど弱い存在だとは思わなかった」
「燕が弱いと言うなら私は最弱です」
「いいや、和音は強いよ。突然見知らぬ男の、しかも宇宙人の子供を身籠らされて、それを受け入れ、こんな目にあいながらもパニックにならず冷静でいる」
「それは、買いかぶり。でも、今回のことは、私一人だったなら乗り越えられなかった」
和音はお腹に触れ、それから燕を見た。
「ここにね、燕の赤ちゃんがいると思うと、私が護らなくちゃって強くなれた。実際は燕のような力も、彼らを殴り倒す腕力もないのに。無謀よね」
「そうか、和音はもう『母親』なんだ」
「燕だって、『父』だって、この子に話しかけてましたよね。立派に『父親』でしょ」
和音がそう言うと、燕は一瞬瞠目し、自分の行いを振り返るかのように黙り、それから照れて笑った。
「『父が来たから安心しろ』カッコ良かったです」
「カッコ良くなど…」
「この人がこの子の父親で良かった。この人に出会えて良かったって思った」
「本当に?」
答える代わりに和音は燕の頬に触れて、微笑んだ。
「怒ると言っておきながら、褒めてしまったわ」
「やはり和音は優しいな。和音の怒った顔も見たかったが」
「こんな気持ちになるのは、燕という心強い味方がいるからよ。燕と出会っていなかったら、私は今も一人で途方にくれていたと思う」
「私との出会いは、和音にとってプラスになっているか?」
「それを言うなら、他にもあなたの子供の母親候補がいたのに燕は私で良かった?」
「もちろんだ。和音以外はもう考えられない。それで、和音の答えは?」
「もちろん私も、燕と出会えて良かったと思っています」
少々、いや、かなり奇想天外な展開で、ほんの数ヶ月前までの和音には想像も出来なかった。
宇宙人が何万年も前から地球にいて、地球の歴史に関わり、そしてアンチな組織もいて、それからそんな宇宙人の子供を妊娠して、初めての海外に行き、色んな初めてを体験した。
ハチャメチャだが、これが現実だ。
「それで、これからどこへ行くの?」
「そうだな。少し行くところがある」
「行くところ?」
そう言って、青木ヶ原の樹海から飛んで、燕が和音を連れてきたのは、人里離れた邸だった。
彼の能力で飛んできたため、ここが日本のどこかもわからない。
周りに特に建物もなく、人目のつかないように建てられた立派な平屋建ての日本家屋は、高級旅館のような佇まいだ。
「お待ちしておりました。燕様」
「出迎えご苦労、エイラ」
玄関に足を踏み入れた和音たちを出迎えたのは、長い髪をポニーテールにした女性だった。
建物は純和風ながら、エイラという女性は着物でなく、アラビア風の白いローブのような服装だった。
「燕、ここは?」
「ここも私の持ち物のひとつで、トゥールラーク人の療養所だ。普段は彼女が管理をしている。エイラ、彼女が和音だ」
「こんにちは、エイラさん。和音です。お世話になります」
「どうかエイラとお呼びください。燕様、用意は出来ております」
「うん、わかった」
彼女に案内されて、燕は和音を抱えたまま奥へと進んでいく。
「燕、ここへはなぜ?」
てっきり国立健康管理センターへ行くと思っていたら、思いもかけない場所に連れてこられた。
「どこか悪いの?」
「私ではない。お腹の子のためだ」
「この子?」
「そうだ。さっきのことで本来ならまだ発揮していない力を使ったようだし、このままでは発達に影響が出るかもしれない。そのために和音にも負担がかかるかもしれないから、外からエネルギーを補充しようと思う」
ここはトゥールラーク人がそのために訪れる施設のひとつだと燕が教えてくれた。
「だってここ、自殺の名所とか言われているし」
「怖ければ顔を伏せていろ」
言うとおりすると、ふわりと風が起こり、伏せたまま隙間から周囲を伺うと、和音は木々の上に浮いていた。そしてその向こうには富士山が見える。
「わあ、富士山」
日本人はなぜか富士山を見るとなぜか感慨深くなる。
日本の象徴とも言える霊山。それが陽の光を浴びてその優美な姿を見せている。
「怖いんじゃなかったのか?」
顔を上げて富士山に魅入っていると、燕がからかうように言った。
「だって富士山ですよ。こんな近くで見たの初めて」
「それは良かった」
ふっと頬に息がかかったかと思うと、チュッと燕の唇が触れた。
「え、燕」
驚いて目を丸くすると、燕が拗ねたように和音を見ている。
「景色に見惚れるのもいいが、私の方も見てくれ」
「燕、まさか、富士山に嫉妬してるの?」
「認めたくないがそうらしい。和音がそんなキラキラした目で見ているのが私じゃないのが、寂しい」
「燕…」
まさか景色に見惚れるだけで、その景色にまで嫉妬するとは思わなかった。
「私のせいで和音を怖い目に合わせたのに、だからと言って今更和音を遠ざけることも出来ない。自分がこれほど弱い存在だとは思わなかった」
「燕が弱いと言うなら私は最弱です」
「いいや、和音は強いよ。突然見知らぬ男の、しかも宇宙人の子供を身籠らされて、それを受け入れ、こんな目にあいながらもパニックにならず冷静でいる」
「それは、買いかぶり。でも、今回のことは、私一人だったなら乗り越えられなかった」
和音はお腹に触れ、それから燕を見た。
「ここにね、燕の赤ちゃんがいると思うと、私が護らなくちゃって強くなれた。実際は燕のような力も、彼らを殴り倒す腕力もないのに。無謀よね」
「そうか、和音はもう『母親』なんだ」
「燕だって、『父』だって、この子に話しかけてましたよね。立派に『父親』でしょ」
和音がそう言うと、燕は一瞬瞠目し、自分の行いを振り返るかのように黙り、それから照れて笑った。
「『父が来たから安心しろ』カッコ良かったです」
「カッコ良くなど…」
「この人がこの子の父親で良かった。この人に出会えて良かったって思った」
「本当に?」
答える代わりに和音は燕の頬に触れて、微笑んだ。
「怒ると言っておきながら、褒めてしまったわ」
「やはり和音は優しいな。和音の怒った顔も見たかったが」
「こんな気持ちになるのは、燕という心強い味方がいるからよ。燕と出会っていなかったら、私は今も一人で途方にくれていたと思う」
「私との出会いは、和音にとってプラスになっているか?」
「それを言うなら、他にもあなたの子供の母親候補がいたのに燕は私で良かった?」
「もちろんだ。和音以外はもう考えられない。それで、和音の答えは?」
「もちろん私も、燕と出会えて良かったと思っています」
少々、いや、かなり奇想天外な展開で、ほんの数ヶ月前までの和音には想像も出来なかった。
宇宙人が何万年も前から地球にいて、地球の歴史に関わり、そしてアンチな組織もいて、それからそんな宇宙人の子供を妊娠して、初めての海外に行き、色んな初めてを体験した。
ハチャメチャだが、これが現実だ。
「それで、これからどこへ行くの?」
「そうだな。少し行くところがある」
「行くところ?」
そう言って、青木ヶ原の樹海から飛んで、燕が和音を連れてきたのは、人里離れた邸だった。
彼の能力で飛んできたため、ここが日本のどこかもわからない。
周りに特に建物もなく、人目のつかないように建てられた立派な平屋建ての日本家屋は、高級旅館のような佇まいだ。
「お待ちしておりました。燕様」
「出迎えご苦労、エイラ」
玄関に足を踏み入れた和音たちを出迎えたのは、長い髪をポニーテールにした女性だった。
建物は純和風ながら、エイラという女性は着物でなく、アラビア風の白いローブのような服装だった。
「燕、ここは?」
「ここも私の持ち物のひとつで、トゥールラーク人の療養所だ。普段は彼女が管理をしている。エイラ、彼女が和音だ」
「こんにちは、エイラさん。和音です。お世話になります」
「どうかエイラとお呼びください。燕様、用意は出来ております」
「うん、わかった」
彼女に案内されて、燕は和音を抱えたまま奥へと進んでいく。
「燕、ここへはなぜ?」
てっきり国立健康管理センターへ行くと思っていたら、思いもかけない場所に連れてこられた。
「どこか悪いの?」
「私ではない。お腹の子のためだ」
「この子?」
「そうだ。さっきのことで本来ならまだ発揮していない力を使ったようだし、このままでは発達に影響が出るかもしれない。そのために和音にも負担がかかるかもしれないから、外からエネルギーを補充しようと思う」
ここはトゥールラーク人がそのために訪れる施設のひとつだと燕が教えてくれた。
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる