簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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序章

レティシアの黄金(3)

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 くちゅくちゅと音をたてて下唇をついばまれ、グラリ。
 足から力が抜けた。
 細身の身体を支えるように、カインの手がアルフォンスの腰に回される。

 やがて、熱の固まりのような舌がアルフォンスの唇を割って押し入ってきた。
 愛撫するように舌先を突つき、奥へとねじ込まれる。
 上顎をぬるりと弄われただけではない。
 暴君の舌は真珠色の歯列を丹念になぞった。

 突然のカイン王の暴挙に双方の配下がざわつくが、アルフォンスの耳には届いてはいない。

「はぁっ……はぁっ……」

 ようやく身をよじって王の腕から逃れると、右手の甲で乱暴に己の唇を拭う。
 初めての感触に怯えたか。
 翡翠の双眸は潤んでいた。

「なんで……無礼だ。俺はレティ……」

 なんでこんなことを。
 いくら軍事的に有利な立場だからといって無礼だろう。
 俺は古王国レティシアの王弟だ──そう言いたいのであろうが、乱れる呼吸がアルフォンスの言葉を殺す。

 かわりに囁いたのは、無体を強いた王であった。

「もう一度会いたいとずっと願っていました。約束してくれたでしょう、アルフォンス殿下。再び会えたらこの腕に抱いて、あのときのようにくちづけを……」

「待て、何の話だ!」

 熱に浮かされたように言葉を紡ぐカインを押しとどめる。

「ふざけたことを言うな。俺は知らない。人違いだ」

 震える身体を悟らせないように殊更に声を張りあげる。

 別れた恋人と勘違いでもしたのだろうか。
 我を忘れたのかもしれない。

 そうはいってもこの場で、しかも停戦交渉の相手に対して無礼千万なのは否めないが、人違いと結論づけることでアルフォンスはようやく落ち着きを取り戻した。
 突如剥き出しにされたカイン王の得体の知れない劣情が、まさか自分に向いているなど考えられないではないか。

「つ、月も高くなった。やはりこのような遅くに伺うべきではなかったな。カイン王もお疲れなのだろう。ああ、きっとそうだな」

 明日の朝出直す──早口で述べて王に背中を向けたときのこと。

「お待ちください、アルフォンス殿下」

 あの力強さで腕をつかまれた。
 奪われた唇の熱が蘇り、とっさにアルフォンスは身を縮める。
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