簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第一章 夜に秘める

月が見た凌辱(1)

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 王の蛮行から、時をすこし遡る。
 下弦の月が照らす岩肌を二頭の馬が歩を進めていた。

「やはり危険だ、アル。戻ろう……いや」

 戻りましょうと言い直したのは、後方を行く栗毛の騎馬である。

 すでに敵陣近くである。
 誰に聞かれているか知れない。
 配下が上官──しかも仕えるべき王族に友だちのような口を利くのはまずいと思ったのだろう。

 前を行く白馬の歩みは止まらない。
 だが、騎乗していた金髪の青年が振り返った。
 緊張ゆえか整った表情は硬いが、翡翠色の双眸には理知的な光が瞬いている。

「堅苦しい言葉は抜きだ、ディオ。俺はお前を兄とも思っている」

 アル、ディオと呼び合う二人だが双方の剣の鞘に彫られた文字から、それぞれアルフォンス、ディオールという名だと分かる。

「それに──」

 名の横に刻印された古王国レティシアの紋章を指先でなぞり、アルフォンスは行く手を睨む。

「今更退けるか。俺には責任がある。何としても交渉をまとめなくてはならない。多くの民を戦火から守るため……そして姉上のために」

 ブルリと細い背が震えたのは寒さのためばかりでもあるまい。


 グロムアスの騎馬部隊──周辺諸国はその名を聞くだけで震えあがるという精鋭部隊が、古王国レティシアの王都を囲んだのは二週間前のことだった。

 国境での小競り合いならよくあることだ。

 だが騎兵部隊の主力が山を越え、天然の要害とも呼べる山道を王都に向けて進軍していることに、レティシアの首脳陣は驚愕した。

 案内人なしでは馬を進めることなどできない難所も数多くある。
 信じられない速度で敵軍がレティシア王都に到達したのは、おそらく手引きした者がいたのであろう。

 国内に裏切者がいるに違いない。

「アル?」

 心配そうな呼びかけに、アルフォンスは馬の歩みを止めた。

 そろそろ敵陣だ。
 すでに武装を解き、装飾的な胸当てと儀礼用の剣しか身に帯びてはいない。
 それでもできる限り敵意を見せてはならないとの気遣いから、下馬して手綱を取る。

 このままだと街を囲む門は破られ、王都は蹂躙されるだろう。
 何としてもそれは阻止しなくては。
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