簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第一章 夜に秘める

「剣を忘れるな」(1)

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 軍人とは、砂にまみれて行軍するものだ。
 戦場で功をたてた夜でさえ、下着にまで入りこんだ砂に不快感を抱きつつ眠りにつくもの。

 このような熱い湯でいちいち身体を洗い流すなど──身じろぎするたびにチャプチャプと小気味良い音をたてる湯の中で、アルフォンスは首を振った。

 グロムアス国王の遠征用天幕には豪奢な寝台が設えてあった。
 衝立の向こうには、小さめだがバスタブが用意されている。

 王族とはいえ、戦場に慣れた軍人であるアルフォンスの常識からは考えられない話だが、バスタブは熱い湯で満たされているではないか。
 すぐ横には裏切者のディオールほどの大きさのタンクが設置されていて、蛇口をひねれば好きなだけ湯が出るようになっていた。
 いつでも使えるようにと湯を沸かさせて溜めているのだろう。

 バスタブの縁にはシャボンの入った洒落た容器が置いてある。
 使った形跡がないことから、あるいはアルフォンスのために急ぎ用意させたものかもしれない。
 高価な香料の匂いには、昂った気持ちを落ち着ける効果でもあるのだろうか。

 素裸で湯の中に沈み、アルフォンスは天を見上げた。
 凌辱の現場をずっと見ていた月は、今は恥じらったようにその姿を隠してしまっている。
 そろそろ夜が明けるのだ。

 何度目かのため息を吐いて、アルフォンスは湯の表面を叩いた。
 波紋が消えるにつれ、簒奪王の鋭い視線が記憶の中に蘇る。

 ──あいつ、戦場でいつもこんな風呂に入ってるのか?
 ──似合わない。いや、むしろ。

「気色悪いな」

 身体の奥を犯された屈辱を溶かすように、湯の中に悪口を吐き捨てる。

 ──お湯に浸かって、疲れたらベッドで寝んでいてください。

 そう告げてあの男は天幕を出て行った。
 アルフォンスの額にやさしくも強引に唇を寄せて。

 あんなことがあって呑まれるように風呂に入ったが、よく考えたら奴の言うことを聞いてやる義理などないではないか。
 アルフォンスは両手で黄金の髪をかきあげた。

「フン。停戦交渉に出向いた先で男に犯されたなど……姉上には絶対に言えないな」

 感触は抜けない。
 あの熱い手が、今も肌の上を這いまわっているようだ。
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