簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

文字の大きさ
17 / 87
第一章 夜に秘める

「剣を忘れるな」(5)

しおりを挟む
     ※  ※  ※

 夜が明けたものの、森の中にいるように周囲は薄暗い。
 北方に位置するこの地は、一年のうちの半分は太陽の陽射しから見放されるのだ。

 ──ぽつり。

 そのうえ、雨まで降ってきた。
 霧のような水滴がテーブルを一雫濡らしただけで、簒奪王の天幕は屋根に覆われる。

 戦場で尚も快適さを求める主の意向に、囚われ人よろしく椅子に腰かけていたアルフォンスは肩を竦めてみせた。

 夜明けと同時に天幕を出ようと考えたのは確かだ。
 だがカイン王の思惑がつかめない以上、故国を──そして姉王を守るためにはもう少しここにいて事態を静観する必要がある。

「アルフォンス殿下、その……お身体は?」

 少々きまり悪そうな態度で天幕に戻ってきたのは当の簒奪王であった。
 傍若無人に堂々としているのかと思いきや、予想外の姿勢に少々戸惑う。

「お身体もクソもあるか。お前のせいでズタズタだ」

 もはや敬語などかなぐり捨てていた。
 軍事大国の国王陛下に対してお前呼ばわりする囚われ人に、王の側近が色めく。
 ひょろ長い体格の髭面の軍人がアルフォンスに詰め寄った。

「わきまえろ、ロイ将軍」

 怒鳴ったのはカインである。
 まるでアルフォンスの従者のような態度で、ロイの前に立ちふさがる。
 当のアルフォンスが椅子に腰かけたままツンと顎をあげて騒動を見やるさまに、王は笑みをこぼした。

「高慢であればあるほど美しいですよ、あなたは」

「言ってる意味が分からん」

 フンと鼻を鳴らすアルフォンス。
 どんなにへりくだったところで、お前の所業は絶対に許さないとカインを睨みすえる。
 激しく輝く翡翠色の双眸。
 カインは吐息を漏らした。

「アルフォンス殿下、お食事の用意を整えましたよ。朝食が一番の肝といいますからね。ゆっくりと召しあがってください」

 王の言葉とともに、朝食と呼ぶにはいささか贅沢な皿が五つ六つと運ばれてくる。
 ロイ将軍と呼ばれた髭面も給仕役をさせられていることを思えば、王の天幕に入れる人員はごく少数に限られているのかもしれない。

 牛の肉の炙りにハーブソースを添えた皿。
 温かく胃を満たすスープ。

 アルフォンスにも馴染みがあるジャガイモは、しかし贅沢品のバターでソテーされている。
 さすがにパンは糧食用であったが、それでも王の食卓として遜色のないものだ。

 瑞々しい果物を盛った盆まである。
 新鮮な水だけではなく、ワインも数種類用意されていた。

 当然のようにアルフォンスの正面に座ったカインが食前の祈りもなく肉にフォークを突き立てる。
 一口頬張ってから、金髪の王弟が先程からピクリとも動いていないことに眉根を寄せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

抹茶砂糖
BL
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 第13回BL大賞にエントリーしています。 応援いただけるとうれしいです! ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

処理中です...