簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第一章 夜に秘める

「剣を忘れるな」(7)

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「よせ、ロイ将軍。この方への無礼は許さん」

 王の激高に、将軍は髭の先まで震わせて這うような体で敵国の王弟から離れる。

「勿体ない。ここでは手に入れるのが難しい牛の肉ですのに」

 うって変わって穏やかな調子で、王は床を見下ろした。

「芳醇な旨味、柔らかな肉質……ぜひ召しあがっていただきたかった」

 余裕の表情で皿を拾う男を睨み据える翡翠の双眸。

「牛肉も食卓にのぼらない貧しい国で悪かったな」

 すみませんとカインは眼を伏せる。

「今のは僕の言い方が良くなかった。配慮が足りませんでした」

 反省したというよりは、想い人の怒りを鎮めるのに言葉を選んでいる様子だ。

 とはいえ、カインの言うとおりである。
 レティシアの王族から庶民に至るまで主食は芋、それからわずかに獲れた小麦から作られたパン。

 主菜は豚肉が主流であった。
 牛は育てるのに数年かかる。
 牧草も多く必要だ。
 鶏は成長は早いものの食べるところが少ない。
 両者の欠点を補う食材が豚であったのだ。

 古王国と呼ばれつつもその実、レティシアが長く存続しているのは険しい山に囲まれた狭い土地しか持たず、交通の便もよくない土地が歴史上の大国にとって旨味がなかったからにすぎない。
 国境沿いの僅かな牧草地を守って細々と存続しているだけだ。

「大国の……しかも打算的な国王陛下が、牛の肉すら満足に食せないこのような辺境に何故目をつけたのか分かりかねるな」

 アルフォンスは奥歯をギリリと噛みしめる。
 皮肉のつもりが、これは自虐になってしまったではないか。

「信じてくれないなら何度でも言いますよ。レティシアの黄金──あなたがいるからです」

 しれっとした調子で言われ、アルフォンスの表情が凍りつく。
 同時に右手が翻った。
 放たれる銀の軌跡。
 簒奪王が息を呑む。
 その黒髪が数本、空に舞った。

 壁を穿つ轟音が続く。
 衝立に深く刺さっていたのは、肘から手首ほどの長さの短刀であった。

 柄にグロムアス騎兵部隊の騎章が彫られているのを認めて、ロイ将軍が「あっ」と声をあげる。
 自身の腰を探って、それから泣き出しそうに顔を歪めた。
 髭の間から僅かに覗く肌は蒼白である。

「オ、オレの短刀が……」

 アルフォンスが黄金の花のペンダントを放り捨てたとき、ロイは彼に駆け寄って羽交い締めにしようとした。
 その僅かな隙に将軍の腰から短刀を引き抜いたのだろう。

「外したか。残念だ」

 アルフォンスは挑発的にカインを睨む。
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