簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第一章 夜に秘める

「剣を忘れるな」(9)

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「何がおかしい!」

 今度はアルフォンスに睨まれる。

「いえ、あなたに剣を向けられるなど我が臣が羨ましいと思って」

「はぁ?」

 二か所から同時に起こった叫び。

「というのは冗談として」

 ついつい漏れてしまった本音だったのだろう。
 カインが白々しく咳払いする。

「我々は敵同士なのは事実ですが、あなたは大切な客人です。できれば剣は下げていただけたら……」

「大切な客人だと。そんな相手によくも……」

 ──よくもあんなことを……。

 身体を這い回る熱い手を思い出したか、屈辱にアルフォンスの語尾が小さくなっていった。
 ブルリと首を振ったのは、自分がわざわざ敵陣に出向いた理由を思い出したのだろう。

 震える手を握りしめ、アルフォンスはヒラリと手首を返す。
 カインの黒髪を数本、宙に散らしてから再び短刀が衝立に刺さった。

「一人ずつ殺すというのは戯れだ。どこかの新興国家の人間じゃあるまいし、そんな野蛮なことを俺がするとでも?」

 精一杯の矜持で簒奪王を睨みつけ、アルフォンスは机に右手をついた。
 ゆっくりと腰かけようとしたところ、クラリと目の前の景色が回る。
 足がもつれた。
 重心を失いかけたところ、腰に手が回される。

「触るな……っ」

 言葉とは裏腹に、アルフォンスの身体はカイン王の腕の中に引き寄せられた。

 何をされるかと表情を強張らせる黄金の剣の前で、しかし簒奪王は目元を歪めるだけ。
 悔恨か愛しさか──複雑な想いが入り混じった黒曜石の光から、彼の感情を推し量ることは難しかった。

 そのときだ。

「アル……!」

 天幕の布を叩くような勢いで駆けこんできたのは大柄な体躯の男であった。
 ディオールである。
 彼にとって兄──であるらしい──の腕に崩れかかるかつての主の顔を覗き込む。

 天幕の外で様子を伺っていたのだろう。
 己の行動を鑑みればアルフォンスの前に姿を見せられないけれども、弟分を心配する思いは変わらないといったところか。

「何をしにきた。お前は絶対に許さんと言って……」

 カインの腕から身を起こすアルフォンス。
 だが身体に力が入らない。
 額は白く、うっすらと汗が滲んでいる。

「夕べから何も……水すら口にしていないだろう。アル」

 テーブルの上に残る水差しをわしづかむと、薄桃色の唇にあてがう。
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