簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第ニ章 溺れればよかった、その愛に

絢爛たる都(6)

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     ※  ※  ※

 ──戻りたくない。

 水面がざわつく。
 不意に吹きだした風が水音を立ててくれるのをよいことに、アルフォンスは小さく呟いた。

 腹の奥がじくじくと疼く。

 馬車の中は、甘やかな退廃が支配していた。
 髪を頬を唇を愛撫する手には、まやかしだろうか。優しさも感じたのだ。

 身体を揺らされるたび、ギシギシと軋む座面。
 至近距離で感じる互いの息遣い。
 抽挿を繰り返すたび、はしたなく溢れだす蜜の音。
 囁く深い声はひたすらに甘く、アルフォンスの脳裏から国も責任も──大切な姉の存在すら遠のいていったのだ。

 剣ダコのできた指がそっと己の唇をなぞる。
 何度もカイン王の唇で覆われた故か、油分が失われてかさついていた。今だってそうだ。

 舌など、もはや誰のものだか分からない。
 言葉を発するため上顎に己の舌が触れるたび、簒奪王のくちづけを思い出して身体の奥が熱くなるのだ。

 ロイは早く国に戻れるといいなと言った。
 敵国の将としてあまりに無邪気な言葉を思い出し、アルフォンスは自嘲気味に呟いた。

「たとえ国に帰ったとしても俺は……馬車に乗る前の俺には戻れない……」

 身体を作り変えられた屈辱、怒りはあるはずだ。
 なのに湧き上がってくるのは別の感情で、アルフォンスにただただ戸惑いを与えた。
 もちろんこれは愛なんかじゃない。ならば一体何なのだ?

 小舟に座り込んだまま、アルフォンスはひとり頭を抱えた。
 風が強くなってきたせいか、船底が揺れる。

 ここにつれてこられてから数日。
 なのに当のカイン王は一向に姿を現さない。
 馬車から降り、ふらつく身体を支えるまで彼はアルフォンスのすぐ傍らにいたというのに。

 簒奪王なんて陰口を叩かれているわりに、意外とカインは慕われているのだろうか。
 アルフォンスを支えて隣りに立っていた黒い姿は、すぐに王宮前に並ぶ迎えの人々の中に消えてしまった。
 金髪を高く結いあげ、エメラルド色のドレスを着た令嬢と親し気に話している姿が一瞬覗いたきりだ。

 どういうつもりだ、あの男は──と、今度は別の怒りが芽生える。

「いや待て、当然だ。あの男はこの国の王なんだ」

 ひたすら快楽に溺れた馬車の日々に戻れないというのは、カインとて同じなのだろう。
 別に愛を交わしたわけじゃない。

 あれは凌辱だ。
 強国の王の戯れか、あるいは敵国の王弟を考えうる限り一番残酷な方法で辱めてやろうという意図なのか──最悪の考えを、アルフォンスは首を振って脳裏から追い出した。
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