簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第ニ章 溺れればよかった、その愛に

約束はきっと儚い(4)

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「グロムアス王都はもっと息苦しいところだと思っていた。お前が治めているなら、民を押さえつけて自由を奪っているものだと。不当な刑罰を与えたり、法を曲げているものとばかり……」

「……息をするように僕の悪口を仰いますね」

「ふっ……」

 軽口を叩き合う今のひとときが心地良い。
 何だろう、これは安らぎというものなのか?
 それとも幾度も身体を重ねた気安さか?
 傍らに立つ黒衣の胸に凭れかかりたくなる衝動を、アルフォンスは必死に抑えていた。

 そうだ、絶対にほだされてはいけない。
 俺はこいつを許さないんだから。

 それでもほんの少し身体を寄せていたのだろう。
 カインが纏う例のシャボンの香りにアルフォンスは半眼を閉じた。
 睫毛が震え、そのままゆっくりと目を瞑る瞬間。

 アルフォンスの双眸が見開かれた。
 ひくつく鼻孔。
 この匂いは何だ?

「血の匂い。お前、怪我をしているのか?」

 黒衣の袖が常よりも長く伸ばされているから気付かなかった。
 カインの左手の甲に赤い筋が見える。

 驚愕の表情で己を見上げるアルフォンスに、カインはひどくバツの悪そうな表情を返した。

「刺客に襲われました。よくあることですよ。最近はとくに多いか」
「よくあるって……」

 ふたりのやりとりに悲鳴のような声をあげ、フリードが救急箱を抱えて駆け寄ってくる。

「供もつけずに動くからっ」

「すみません……」

 手当てを彼に任せ、カインは側の椅子に腰かけた。

「ここに来るときくらい、一人でいたいんです」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。まさか城内で襲われるなんて……」

 包帯を取り出して、フリードはカインの手をとった。
 安心した様子で傷口を任せるカインは見たことのない砕けた表情をしている。
 召使い相手にも敬語で喋るなんて変わった王だと考えることでアルフォンスは気を紛らわせた。

「元から暗殺の動きはありましたが、最近とくに顕著かもしれませんね」

「お気を付けなさい。万一のことがあっては……」

「肝に銘じます。まだ王としての役目を果たしていませんから」

 クルクルと勢いよく巻かれていく包帯。
 物々しい会話のわりにフリードの手さばきはあやふやで、後ろから覗きこんでいたアルフォンスは「むぅ」と唸った。

 駄目だ。
 苛々する、この手つき。
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