簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第ニ章 溺れればよかった、その愛に

刺さる棘(4)

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 訝しむ声に、アルフォンスは「別に構わん」と造作なく答える。

「外だが、ここでいいか? 女じゃあるまいしこだわりもない。そもそもあんな行為に情緒も何もないだろ」

 ディオールはようやく思い至った。
 元主人は自分に身体を差し出そうとしているのだ。

「よ、よせ、アル。あんたのそんな姿は見たくない」

 つかんだ腕が微かに震えていることにディオールは気付く。

「お前はどっちの味方なんだ。お前がそんなだから……だから俺はこの期に及んでお前を頼ってしまうんだ」

 アルフォンスが俯いてしまったため顔は見えない。
 だが、絞り出すか細い声にディオールは痛々しいものを感じた。

「こんな身体じゃ、国に帰っても姉上の顔をまともに見られそうにないな。俺だって元の俺に戻りたいよ」

「アル……」

 白い花が足元でサラサラと音階を奏でる。
 紡ぐべき言葉を探し、それからディオールは押し黙った。

 だが二人の間に横たわる沈黙は、軽やかな笑い声に破られることとなる。

「陛下、船遊びは楽しいですわよ」

 女性の声が近付いてくると気付き、アルフォンスが慌てて目元を拭う。
 人工池の際にある船着き場には柱がいくつも建っており死角が多い。

 気配は二つ。
 こんなに近くに来るまで気付かなかったのは、会話が乏しかったからにほかならない。

 柱から姿を現したのは金髪を高く結った女だ。
 小鳥のように笑い声をあげエメラルド色のドレスの裾を翻す様は、女というより少女と評しても差し支えなかった。

 彼女の熱っぽい視線の先。
 そこに黒衣の王の姿を認めて、ディオールはかすかに目元を歪める。
 視野の端でアルフォンスの表情が険しくなったからだ。

「ア……ルフォンス殿下?」

 向こうもこちらに気付いたのだろう。
 予想外の場所で遭遇したと、カインの声も上ずっている。
 瞬時に黒曜石の眼が細められた。
 視線はアルフォンスの乱れた胸元に吸い寄せられている。

「ディオール、殿下に何か?」

「ち、違っ……」

 多分あらぬ疑いをかけられていることに気付き、慌てて首を振る。
 違うんだ、兄上。
 私は何もしていない──そう言い切ってはしまえば、しかし傍らの弟分を傷つけることになってしまいかねないと、結局言葉を呑みこむ。

 黒衣がこちらに一歩踏み出したときのこと。
 場を破ったのは悪意のない女の声だった。
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