簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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第三章 憎しみと剣戟と

花の向こうで眠れ(6)

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 カインはその時をじっと待っていた。

 黒い眼が睨み据えるのは檻の蝶番。
 荷車に檻ごと乗せられレティシア王都まで連れてこられた際に振動で蝶番のバネが外れたのだ。

 鍵が開いていると気付いたときは狂喜したものだ。
 しかし決して態度に出してはならない。

 ここが薄暗い路地裏ということも幸いしたかもしれない。
 一日一度、食事を放り込まれるたびに気付かれはしないかと冷や冷やしたが、奴隷商人は労働力として高く売れそうな大人の男の方に注意が向いているようだった。
 彼らはカインらより頑丈な檻に入れられ、足枷までつけられている。
 もっとも、与えられる食事の量は倍以上違ったけれど。

「殿下ぁ、どちらにいらっしゃるのですか。殿下!」

 不意に周囲がざわついた。
 数人の兵士が口々に何か叫びながら辺りを駆け回っているのだ。
 奴隷商人たちもキョロキョロと落ち着かない様子である。

 じっと待っていたその時が、今来たのだ。

 カインは静かに扉を開けた。
「しっ!」と唇に指を立てて、ディオールの背を押す。

「静かに歩いて通りに出るんだ。ゆっくりと人ごみにまぎれろ」

 突然目の前に開けた自由に、ディオールは両手で自分の口を覆った。

 叫び出しそうになったのだろう。
 理性を総動員しての、これは囁き声だ。

「兄さんは? いっしょだろ?」

「……二人一緒に出たら目立つ。僕も時間差で逃げるから、あとで落ち合おう」

「わかった」

 あとでなと囁いて、ディオールはゆっくりと檻から這い出る。
 どうにも鈍いところがあるから心配していたが、弟は兄の言葉どおり目立たないように静かに遠ざかり、向こうに見える大通りの人ごみの中に消えていった。

「ふぅ……」

 小さく息をつくカイン。
 もしもディオールが見つかりそうになったら、檻から飛び出して奴隷商人たちの気を引きつけてやろうと思っていたのだ。

 ──これでいい。

 あとは、檻の中から一人消えていることを悟らせないようにしなくては。
 なるべく時間を稼ぐんだ。

 ひとりになった檻の中が急に広く感じられ、カインは目の前が霞むのを感じた。

 ──いまさら泣くな。弟を助けられたらそれでいい。

 乱暴に目元をこすったそのとき。
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