簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

文字の大きさ
72 / 87
第三章 憎しみと剣戟と

花の向こうで眠れ(9)

しおりを挟む
     ※  ※  ※


 グロムアスの街の高台には前世紀の要塞が残っている。
 石造りの建物は朽ち果て苔むしており、活用はおろか観光に訪れる者すら稀という場所だ。

 陽は落ちた。
 月が見ているのは今しも崩れ落ちそうな黒衣の男だ。
 丘を登る足取りは不確かで、途中何度も立ち止まってしまう。
 そのたびに一歩足を踏み出す姿は、死を前にした人間の執念というものを感じさせた。

「もう少しだ……」

 吹きすさぶ風に、カインは再び足を止めた。
 見下ろす街は光に満ちている。
 無数のオレンジの光の中に、グロムアス城下町が黒く影を作っていた。
 祭の熱気がここまで届くことはないが、耳をすませば華やかな音楽が微かに聞こえてくる。
 そこは裏切りや暴力など、遠い世界の出来事のように思えた。

 だが、これは《血の祝祭》。
 自分は王位を追われるのだ。
 昨年、祭の賑わいに乗じてカインが「先王を殺して王位を奪った」と思っている連中は、今年同じことをするのだろう。
 今も手負いの王にとどめを刺そうと追ってきているに違いない。

 月明かりの下、黒衣の男は薄く微笑んだ。

 裏切り者はロイだと分かった。
 先王を引きずり下ろす計画を立てていたのだと、己が口で告げたのだ。
 それだけで似合いもしない「王になった」目的は果たせたではないか。

 元々、拾ってもらった命だ。
 惜しくはない。
 この劣情の終着点はしょせん、死だ。

 むしろ仮初めにも王になったおかげで、ずっと夢見ていた黄金にもう一度会えた。
 人生の最後の数日を幸福に過ごせる人間などそうはいまい。
 できれば夢をみたまま最後の瞬間までアルフォンスを抱いていたかった。

 だが、そうはいくまい。
 もしも己の死が愛する人を傷つけるなら、その前に離れてしまうよりほかあるまい。

「……っ」

 カインはその場に膝をついた。
 街の明かりがいくつも重なって見える。
 思ったより失血が酷いのだろう。
 あるいは先日の襲撃で受けた傷が開いたのかもしれない。

 ──早くあの場所へ。

 ロイの部下らに見つかって、軍人の横暴さでズタズタに切り刻まれるのはごめんだ。
 できればひとり静かに眠るように逝きたい。

 旧世紀の遺物である要塞に訪れる人はあまりいない。
 だからだろう。
 踏み固められていない地面には一面、可憐な花が咲いているのだ。

 グロムアス国王に救われこの国に連れてこられてから何度も怖い夢をみた。
 夜明けに泣きながらこの場所に駆けてきたものだ。

 黄金色に輝く花があのときの少年の髪の色に似ていて、潰れそうになる幼い心を救ってくれた。
 彼にもらった黄金の花のペンダントをこの場所で天に透かしと眺めると、それはそれは美しく輝くのだ。

 踏みしめた足元から青臭い草の匂いが溢れてきた。
 あと数歩で遺跡が視界に入る。

 一歩、二歩──しかし、そこでカインの足は止まった。

 目の前に広がる丘には、花。揺れている。
 しかしそこに待ち焦がれた黄金はない。

 月光に冷たく照らされ、それは拒絶するような刃の色をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

抹茶砂糖
BL
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 第13回BL大賞にエントリーしています。 応援いただけるとうれしいです! ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

処理中です...