簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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終章

黄金の祝祭(1)

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 《血の祝祭》という物騒な名など我関せずというばかりに、グロムアスの街は光と花に彩られ賑わっていた。
 水面に映りこむランタンの淡い光の中で夜通し舟遊びをした者、歌い踊り明かした者など、祭も二日目になると熱気の中に憔悴が見てとれる。

 しかし王宮を支配するのは、街の賑わいとは別の慌ただしさだ。

 兵士が行き交い、昨日の上官が拘束され、牢は自称忠臣で溢れた。
 一体何がどうなっているのかと、尋ねる相手によって返ってくる答えが違うという状況。
 先王カインが昨年起こしたクーデターは、もっと鮮やかなものであったのにと嘆く者すらいる始末だ。

 王の間も、多分に漏れず混乱を極めていた。

「陛下、兄の命ばかりはどうか……」

 玉座に向かって頭を垂れるのは、金髪を高く結った淑女である。
 エメラルド色のドレスが、今日ばかりはくすんで見えた。
 ロイの妹リリアナだ。

 玉座に座らされ困ったように首を捻っているのは、白髪交じりの中年の男であった。

「うぅーん、クーデターといってもですね……」

 臣の身でクーデターを画策したロイは今、地下の牢に囚われている。

「うぅーん、どうしたもんでしょうね?」

 白髪交じりの髪をひとしきり掻きむしったのち、王の視線は室内の一画を向いた。

「お、俺……私に尋ねられても」

 あらたまった白い装束に身を固めた金髪の青年が、明らかにたじろいだ様子で王を見返す。
 アルフォンスであった。
 質問の内容というより、この状況への戸惑いが表情に表れているのも無理はない。

 昨日までカインのものだった玉座に、ちんまりと収まっているのはアルフォンスの世話係兼見張りのフリードなのだ。
 落ち着かない様子で足をパタパタするあたり、違和感しかない。
 いや、室内にいる国王付きの兵士が狼狽える素振りすら見せず定位置に立っている姿を見ると、逆にしっくりくるような……。

「いや待て、やっぱり変だろ。フリード、お前はカインの親戚なのか……ですか」

 敬意を欠いた物言いに兵らがざわつき、アルフォンスは慌てて語尾を言い直した。
 だが、当のフリードときたらキョトンとこちらを見返すばかり。

「親戚? そんなわけないでしょう。あのお坊ちゃんは孤児なんですよ。子ども時分に大怪我をして倒れていたのを、わたしが保護したんですから」

「はぁ……」

 どうにも話が噛みあわない。
 アルフォンスは己の額を押さえ、小さく息をついた。
 そもそも「フリードの客人」としてここにいる自分の立場ですら納得がいかないのだ。

「アルフォンスさん、だから説明したでしょう。だから、わたしは死んだことにされていただけなんですから。だから、坊ちゃんがそのあいだ代わりに仕事をしてくれていて。だからぁ、わたしは……」

「うぅ……」

 「だから」を連発されるものの、フリードの話はさっぱり要領を得ない。
 むしろ苛々してくる。
 兵士やリリアナがこの状況に違和感なく対応しているのが信じられない思いだ。

「つまり、一年前に僕が起こしたクーデターが茶番だったってことですよ」

 耳朶に吸い込まれる深い声に、アルフォンスは振り返った。
 開かれた扉から見慣れた黒衣が現れ安堵の吐息を漏らす。
 この場合の安堵とは愛を交わす存在を前にしたというより、単に話の通じる相手がようやく現れたというものにすぎない。
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