簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

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終章

黄金の祝祭(10)【完】

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 今度は強引に手を取る。
 街の中心に近付くにつれ、街路は商店や人であふれた。
 はぐれないように指を絡めると、アルフォンスも強く握り返してくる。

「どこへ行くんだ?」

 あの丘に、もう一度あなたと二人で──そう告げるとアルフォンスは笑う。

「まさか歩いてか? そうだな、お前は馬に乗れなかった」

 街の外れの空いた道を通れば、馬の足ならすぐに着くのに──完全に小馬鹿にした物言いに、カインはぐっと喉を詰まらせる。

「……途中まで船で行ってもいいんですがね。運河が丘の近くまで続いているので」

「………………」

 今度はアルフォンスが黙りこむ番だ。
 ただし、手は繋いだまま。

 この手は近いうちに離されるのだろう──カインは覚悟している。

 フリードに王位を返したことで、カイン王の客人扱いだったアルフォンスがこの国にいる理由はなくなった。
 姉王ソフィーとともに行ってしまうかと思ったが、嵐のように来て風のように去っていった姉に、アルフォンスとて同行はできなかったようだ。

 だが、いつ国に帰ってもおかしくない。

 自分とてそうだ。たとえフリード王の許しがあったとしても王宮に残ることはないだろう。
 グロムアス領内の小さな町で静かに暮らせれば良いと思ってはいるのだが。

 何であれ、ふたりで過ごす時間がいかに貴重なものか。
 カインは繋ぐ手に力をこめた。

「どうした、カイン?」

 人の間を縫って歩くこと数十分。
 丘は目の前だ。

 思いつめたように黙りこんだカインの手を、アルフォンスが引っ張る。
 丘を登る足取りはアルフォンスのほうが軽く、遅れがちなカインを助ける形となった。
 日ごろの鍛錬の差がよもやこんなところに表れるとは、なんてブツブツ呟きながらカインも素直に彼の手を借りることに。

 頂上の要塞がもうすぐ見えるはずだ。
 それから一面の花畑も。

「ふたりでここに来るのも……」

「何か言ったか?」

 感傷にひたるカインだが、アルフォンスの返事はにべもない。

「こんなところ、これからいつだって来られるだろ」

「………………」

 アルフォンスの気楽な言葉に苦笑を返すカインだが、やがて黒の眼は驚きに彩られることとなる。

「姉上がフリードに話をつけた。今後一年は不可侵とし、その間に同盟に向けた和平の話し合いをすると」

 さすが姉上。行動力がケタ外れだと、アルフォンスは同じ台詞を吐いた。

「交渉におけるレティシアの全権は俺だ。お前には調整役として両国の間に立ってもらう。それはさっき俺がフリードと交渉して決めたことだ」

「じゃ、じゃあしばらくここに?」

「同盟交渉の全権だ。お前と遊んでる暇はないぞ?」

 よほどカインが嬉しそうな顔を向けたのだろう。
 戸惑ったように視線を泳がせ、結局アルフォンスはツンとそっぽを向いた。

「姉上は国内で奴隷制度の廃止を模索している。長年続いた制度だから大変だが、姉上ならやってくれるだろう。だから俺は、ここでやるべきことをこなす」

 ふたりの前で不意に目の前が開けた。
 丘の上では白い花が太陽の光を受けて黄金色に輝き、風と遊んでいる。

 不意の強風に、アルフォンスの髪がカインの肩をくすぐる。
 黒衣の胸にもキラキラと金色が揺れていた。
 幼かったアルフォンスとカインを繋いだ小さなおもちゃの装飾品だ。
 ちらりと見やり、アルフォンスは微笑をこぼす。

「黄金色はお前の黒に似合うな」

 街のざわめきが風に乗って微かに届く。
 数日に渡って続いた《血の祝祭》が終わりを迎えるのだ。

 だが、ここは隔絶された花の空間。
 愛も秘めごともすべて花が隠してくれる。

 今この瞬間、ふたりを包むのは眩いばかりの黄金の祝祭だ。




 簒奪王の劣情と黄金の秘めごと・完
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