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第二話 あなたのぜんぶ

あなたのぜんぶ(6)

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「なんだっけ、ああ、BL学に目覚めたきっかけか。お世話になった先生が授業で日本史BL学の話をチラッとしてくれてね。それが面白かったんだ。歴史上の人物の心情をより深く理解できると思ったんだよ」

 新しいジャンルの学問であるのは確かだが、研究してみると、こと日本史においてはBL学との相性がよいことが分かったという。

「日本ではBLの歴史が深くて『日本書紀』にもその記述があると言われてるんだ。平安期の貴族の日記にも記されているんだよ」

「日記に?」
「つまり?」
「詳しく!」

 俄然、モブ子らが色めきたつ。

「さっき言った保元の乱で命を落とした藤原頼長の日記だよ。『台記』っていって、貴族や稚児や武士なんか、いろいろな相手との行為がくわしく書かれているんだ」

 編纂したものが図書館でも読めるはずだから勉強するといいよ──という言葉はモブ子らの嬌声にかき消えてしまった。

「ほかにも、足利将軍の義満が美少年の世阿弥を溺愛したとか、西郷どんが僧と心中未遂をしたとか、日本史にはBL学の研究対象がたくさんいるんだよ」

 残念ながら「行為の描写をした日記」に我を忘れるモブ子たちは、蓮の話を聞いてはいない。
 凄まじい速さでキーボードに指を滑らせる梗一郎だけがチラとこちらを見やり、一瞬視線が絡む。
 それで勇気を得たのか、蓮はモブ子らの叫びに負けじと声を張り上げた。

「今はマイナーな学問だけど、俺はBL学が史学科の必修科目になるくらいみんなに広まったらいいなって思ってるんだ。だからまず、君たちに面白いって思ってもらえるように、頑張って講義をするからね!」

 そこで自分に注がれる視線に気付いたのだろう。蓮は俯いてしまった。

「つ、つまんない話しちゃったね」

「いえ、知りたいです。先生のこと、ぜんぶ」

 気付けば梗一郎の手も止まっていた。色素の薄い瞳がやわらかく細められる。
 モブ子たちも頷いていた。

「アタシらも、蓮ちんの講義スキだよ」
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