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86 ■ Invitation 01 ■――ご招待

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「――というわけじゃの。短い滞在の客人じゃったがな。客人は珍しいから覚えとるよ。なんじゃ、おまえ、記憶なくしとったんか、ドッペル」
「………」
 アドルフさんの顔が蒼白だ。

 私は……何も言えなかった。言えるわけがない。
 思い出したくないって言ってたのに、過去を知っている人が現れて……選択するまでもなく自分の過去を知ってしまった。

  しかも、ブラウニーを殺すか、ブラウニーに魂を返す選択が過去のアドルフさんにあったなんて。

「…オレはもう寿命なのか?」
「そろそろじゃないかの。というか結構長持ちしとらんか? 記憶なくしてるから自分でわからんのかの」

 アドルフさんにブラウニーを殺せるわけがない……。
 私だって殺させない。
 だからって、アドルフさんがいなくなるのは……違う。

 ……どうしたらいいんだろう。
 寿命だからって魂返してハイ終わり、とはブラウニーも私も納得できないよ。

「その……館ってのはどこにあるんだ」
「ん?連れてってやろう」

「……プラム、付いてきてくれるか」

 アドルフさんは、そっちの道へ向かっていった。
 ホントは一人で行きたいんだろうな。
 でも今は離れ離れになる訳にいかないから……。
 私は何も言わないで、付いていった。

「この森。オレはこの森がどこか記憶にあって、それでヒースの森を作ったんだな……」
「………」
 道中、それだけポツリと言って。

「ここじゃよ」
 ボロボロの館に入る。

 部屋を見て回る。広間に出た。左右対称のその部屋の奥には何もないが……。

「あ……これ……」
 ブラウニーのハンカチだ!
 血が付いてる。……なにがあったんだろう。

 モリヤマのおじいちゃんは、ブラウニーは、過去のこの場所で、私達を探していたと言ってた。

「ブラウニーは、それからどうしたの?」
「銀髪少年コンビなら、魔王様の拠点に向かったぞい」
「え!? なんで!?」
「魔王様だけが元の時間軸へ戻してくれる手段じゃからの」

 げっ……。

「ワシが知ってるのは、銀髪少年コンビがこっから出てくとこまでじゃ」

「(何も感じない、何も思い出せない…)」
 アドルフさんは鏡が置いてあったという場所をじっと見つめている。

「あの時お前は生まれたばかりで目がキラキラしておったのー。楽しそうじゃった。今はすっかり大人じゃのー。色々経験詰んで、生きてみたんじゃの」
 モリヤマさんはアドルフさんに言った。

「……」
 アドルフさんは無言だった。

「お前の本体(オリジナル)は本体(オリジナル)でとんにゅらの話してくれたしのう。多分お礼のつもりだったんじゃろ。わしゃあのゲームはあの迷子王子の名前をとんにゅらでやっておってのー。なつかしかったわい」

 こんな時にとんにゅらの話しは聞きたくはなかったが、もうそれは完全にブラウニーとこのおじいちゃんが話したという証拠だ。

「魔王の拠点に行った? その時の生まれたばかりのオレは、戦う手段を持ってたのか?」
「んー、何や知らんが、ダガーを空中に浮かべて、ブラウニーのほうに説得しとったぞ」
「ダガーを浮かべてた!?」

 それ、『絶対圏』使えてたってこと?

「アドルフさん、『絶対圏』の接続できるの?」
「いや、できねぇよ……。なんなの生まれたてのオレ……」
 アドルフさんは頭をくしゃくしゃした。

「はあ。しょうがない、プラム」
「なに?」
「……オレの記憶、戻してくれないか」
「え……でも」

「……いいんだ。昔のオレが『絶対圏』に接続できたなら、記憶がもどれば今のオレも接続可能かもしれないだろう。どうせ、これから魔王の拠点に行くハメになる。……なら、オレも使えた方がいい。ブラウニーに利用できるものは全て利用しろ、と教えてるのはオレだ。その言葉をオレが嘘にするわけにはいかないからな」

「アドルフさん……でも、ブラウニーみたいに身体に負担がでるかも」

「ブラウニーみたいに無茶な使い方はしないと約束する。そして記憶を戻して、もしオレが……ブラウニーを殺すとか言い出したら、オレのことは殺してくれ。それが今のオレのアドルフとして残す言葉だ。懸念するのはそれくらいでいいだろ、多分」

 つまりそれは、自分が生き残るつもりがないっていう事だ。

「いやだよ……というか私にアドルフさんを殺せるわけないじゃない……」
 さすがに涙が堪えられなくなった。

 アドルフさんが私を抱き寄せる。
「ごめんな、こんな事を言って。オレも言いたくはなかった」
「わかるよ。でも、でも……」

 私はアドルフさんの外套をギュッとした。
 一番つらいのはアドルフさんなのに、涙が止まらない。

「勿論だ。あー、まさかオレがプラムを泣かしてしまうとは……参ったな」

 アドルフさんが、ハンカチを出して涙を拭ってくれた。

「なあ、プラム。オレは最後まで、3人でヒースに戻って暮らしていける方法をあがいて考えるから。一緒に考えてくれないか。記憶を戻してオレがオレのままなら、あきらめない事だけは約束するから」

「アドルフさんがいなくなったら、ブラウニーだって、立ち直れないよ……わかってるよね?」
「おう、ありがたい事にな」

 私の頭をくしゃくしゃする。
 私はその大きくて温かい手を両手で包んだ。

「……わかった。『絶対圏』に接続してる今なら、記憶は簡単に戻せると思う」
「よろしく頼むぜ、娘」

 私はアドルフさんを見上げた。
 不思議な感じだ。
 私は手を伸ばし、かがんだアドルフさんの頭を両手で包み込むようにした。

「はじめるね」
 私は魔力を練り始めた。
「頼む」

 ブラウニーの分身(コピー)。ブラウニーの魂の半分。違うのは生きてきた歴史。
 ……そんな事言われても、私にとってあなたはアドルフさんだ。

 たとえば、元は一つのモチとマロのように。違う。
 モチは苺が好きだけど、マロはマカロンが一番好きだもの。
 モチはアドルフさんが一番好きだし、マロはブラウニーが一番好きだ。

 モチとマロだってもう一つには戻りたいと思わないだろう。
 私は、ブラウニーはブラウニーであってアドルフさんにはアドルフさんであってもらいたい。

 アドルフさんが、私の手に触れる。
「お前の光は、温かいな、プラム」
 アドルフさんはニコリ、と笑って……そして、驚いたように目を見開いた。

「なっ!?」
「え……?」
 私はいきなり、背後から誰かに抱きすくめられた。

「――向こうから飛び込んできた小兎を見逃すほど、我(オレ)は甘くないんだぜ?」
 見上げると、大きな紅の角、そして長い黒髪に黒い瞳の――あ!

「さっき瞳が合った人!?」
「魔王様!?」
 モリヤマさんが悲鳴をあげて後ずさって、土下座した。

「魔王……だって……!?」
 アドルフさんの優しかった瞳に、憎悪が浮かぶ。

 ……あ!!
 ま、魔王って! ヒースを荒野にした……。

「神の愛娘。いや、その分霊(わけみたま)か。よく来たなァ。まあ、ゆっくりしていけや。実は10年前から待っていたんだぞ?」
 そう言うと魔王は私の頬に口づけした。私は気持ち悪くてゾクッとした。

「ちょっとやめてよ!! ヒース滅ぼした人のとこにゆっくりなんてしたくない!! 放してよ!!」
「娘に触れるな!!」
 アドルフさんが激昂した。

 ああ! もう!!
 記憶戻してる最中だったのに!!

「あ? おまえは……どこかで……ああ、思い出したぞ。昔、オレのとこに取引に来た二人組の片割れか」
「それってブラウニーのこと!? ブラウニーと何を取引したのよ!」
 魔王はニヤリ、と笑っただけだった。

「おまえ、ドッペルのほうだな? ああ、なるほど。あのガキと合流出来たのか……なんだ、つまらん。取引するんじゃなかったな。……まあいい。」

 そして魔王は、足元に黒く、その先に星空が広がるゲートを出現させた。

「それじゃあな、ドッペル。分霊はオレが貰っていくとする。欲しい物が手に入って気分が良い。見逃してやるから、おまえは本体(オリジナル)と一緒に人間界へ帰るといい」

「モチ! 【Handcuffs、Plum&Adolf】!!」
「みっ」

 空間に落ちる瞬間にモチが、長く伸びて、私とアドルフさんの腕に絡まる。

「なっ!?」
 魔王が驚嘆の声を上げた。

「オレも招待してもらおう……!娘は未成年だからな!保護者同伴だ!!」
「あ、アドルフさん……!」

 そして私達は、魔王の要塞に連れて行かれたのだった。

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