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この国にももちろん野菜も乳製品もあって、城の外では普通に食べられていることが分かった。本当に父親の好みひとつで食卓が決まっているようで、会ったこともない国王にちょっとだけ不快感を覚えた。
世凪の父親も、よく理不尽な理由で母と世凪に手を上げる人だった。もうそれは遠い記憶だから日常で思い出すことなんてほとんどないのだが、未だに自分勝手な男性には身構えてしまうし、嫌悪感が強い。
「世凪様、食材ですが、これなら早急に用意できるかと」
世凪がパンだけの朝食を済ませた後、アドウェルは世凪の部屋にシェフを連れてきた。入れ違いにアドウェルは仕事へ向かい、ここにはシェフとメイド二名が居る。まさに四人で秘密の会議、という感じでテーブルを囲んでいるのだが、ソファに座っているのは世凪だけ、というのがなんだか落ち着かない。
立ったままのシェフからメモを渡された世凪が、それを受け取ってから目を通す。そこには聞いたこともない名前の野菜もある。
「これは、どんな野菜ですか?」
「根菜ですね。真冬でも栽培可能で、葉も食べられるので、どこでも手に入ります……というか、世凪様、どうか敬語を外してもらえませんか? アドウェル様に見つかったらと思うと冷や冷やしてしまうんですが……」
まだ正式に国王に会っていない為、『縁の泉が呼んだ者(仮)』の今の世凪の立場はとりあえず『アドウェル王子の客人』ということになっているらしい。どちらにせよ、使用人にとっては立場が上の人ということになるようだ。だから、いくらソファを勧めても誰も座ろうとしないのだろう。
「じゃあ、僕は敬語をやめますので、あなたたちは同じ席についてください。この感じだと僕が叱られてるみたいです」
一人だけソファに座り、その向こうに三人が並んで立っているのは会議らしくない。彼らにとってこれが当たり前だとしても、世凪にとっては当たり前ではない。
「……分かりました。ただ、このことはアドウェル様にはどうか……」
「ご内密にしておくよ。僕、この国の文化とか文明とかも知りたかったんだ。城の中……というか、部屋の中しか知らないし」
夜になると明かりが点くから電気はあるのだろう。ただ、連絡手段はベルで人を呼ぶくらいなので、整っているとは言えないようだ。シャワーからは温かいお湯が出るから水道やお湯を沸かす技術はあるらしい――ということくらいは分かったのだが、それ以外のことは分からなかった。
渋々という表現が似合いそうなほどたどたどしくソファに座った使用人たちに世凪が視線を向ける。シェフは少し考えてから、そうですね、と口を開いた。
「城の中は、町よりも快適、とお考えいただけたらいいと思います。ここは水道とガス、電気が使えますが、町の中心部から少し逸れると、まだそういったものの整備はされていません」
「通信……連絡手段とかは?」
世凪が更に聞くと、今度はメイドの一人が、手紙ですね、と答えた。
「電話も貴族のお屋敷や大きな店にはありますが、まだ繋がるところは少ないです。宮廷には、私たちがいるので電話は置かれていません。でも、手紙の到着は早いですよ。専用の馬車ができたって、以前帰省した時に聞きました」
交通手段は馬車が主流のようだ。どうやらインフラ系は揃っていても、情報や交通までは揃ってないらしい。そこまでの発展はしていないのか、と世凪が頷く。
「だったら、食に関する情報とかは、あまり入ってこない?」
「それは、定期的に町で新しい調理法や食材の知識は入れるようにしていますので心配はないかと」
城のシェフということは、この国でもトップクラスの料理人ということなのだろうから、そういった勉強も怠っていないのだろう。自分たち教師も定期的に勉強会に参加したり、意見交換会をすることで『質』を保つように努力している。きっと専門職というのはどれもそういう努力の上で成り立っているに違いない。
「じゃあ、メニューはお任せしますね」
「それはお任せを。ただ、世凪様にお願いがあります。明日からレミウェル様もここで食事をしていただいてよろしいでしょうか?」
世凪がその言葉を聞いて首を傾げる。あの天使のような子の名前がレミウェルだというのは、衛兵が呼んでいたから知っているが、どうしてここで食事をするということになるのかが分からない。
「国王陛下は、ご自分のお考えを否定されることに怒りを覚える方です。きっと、突然王子たちの食事の内容を変えてしまっては、私どころか、世凪様の首も無事かどうか分かりません。ですので、まずはレミウェル様に世凪様が推奨される食事をしていただいて、その変化を国王に見ていただくのが一番穏やかにことが運ぶか、と」
自分好みの食事を家族に強要するような人だ。まして国王なら、その食事は間違っている、なんて誰も言えないだろうし、言ったところで言った方の首を飛ばしてしまえばいいだけのことだ。たとしたら、まずは結果を見せる、というのはとてもいい案だと思う。
「なるほど……もちろん、いいよ。あの子とまた会えるなら、それも楽しみだし」
世凪が微笑んで頷くと、シェフはほっとしたように息を吐いた。
「では、まずは今夜のお食事で何品かお作りしますので、アドウェル様とご試食をお願いいたします。今日から一緒に食事をされるそうなので」
そう言って頭を下げてから立ち上がったシェフに、世凪が、え、と聞き返した。
「アド王子って……? え? どういうこと?」
突然出てきた王子の名前に世凪が驚く。けれど、シェフは少し不思議そうな顔をしてから世凪に言葉を返した。
「さきほどの作戦はアドウェル様がお考えになったことなので、きっと世凪様だけに任せるつもりはないということなんだと思いますよ。一緒にレミウェル様にお出しするものを選んでくださるのではないかと」
「そういうこと……」
アドウェルが世凪と食事をするなんて思っていなかったので少し動揺してしまったが、アドウェルにとっては『仕事の一環』みたいなものなのだろう。そういえば世凪についてはアドウェルに任されていると言っていたし、大事な弟の食事を世凪だけに決めさせるわけにはいかないという思いもあるのかもしれない。
アドウェルが世凪と食事をしたいと思ったわけではない、と思うと、なんだか少し寂しく思えた。
世凪の父親も、よく理不尽な理由で母と世凪に手を上げる人だった。もうそれは遠い記憶だから日常で思い出すことなんてほとんどないのだが、未だに自分勝手な男性には身構えてしまうし、嫌悪感が強い。
「世凪様、食材ですが、これなら早急に用意できるかと」
世凪がパンだけの朝食を済ませた後、アドウェルは世凪の部屋にシェフを連れてきた。入れ違いにアドウェルは仕事へ向かい、ここにはシェフとメイド二名が居る。まさに四人で秘密の会議、という感じでテーブルを囲んでいるのだが、ソファに座っているのは世凪だけ、というのがなんだか落ち着かない。
立ったままのシェフからメモを渡された世凪が、それを受け取ってから目を通す。そこには聞いたこともない名前の野菜もある。
「これは、どんな野菜ですか?」
「根菜ですね。真冬でも栽培可能で、葉も食べられるので、どこでも手に入ります……というか、世凪様、どうか敬語を外してもらえませんか? アドウェル様に見つかったらと思うと冷や冷やしてしまうんですが……」
まだ正式に国王に会っていない為、『縁の泉が呼んだ者(仮)』の今の世凪の立場はとりあえず『アドウェル王子の客人』ということになっているらしい。どちらにせよ、使用人にとっては立場が上の人ということになるようだ。だから、いくらソファを勧めても誰も座ろうとしないのだろう。
「じゃあ、僕は敬語をやめますので、あなたたちは同じ席についてください。この感じだと僕が叱られてるみたいです」
一人だけソファに座り、その向こうに三人が並んで立っているのは会議らしくない。彼らにとってこれが当たり前だとしても、世凪にとっては当たり前ではない。
「……分かりました。ただ、このことはアドウェル様にはどうか……」
「ご内密にしておくよ。僕、この国の文化とか文明とかも知りたかったんだ。城の中……というか、部屋の中しか知らないし」
夜になると明かりが点くから電気はあるのだろう。ただ、連絡手段はベルで人を呼ぶくらいなので、整っているとは言えないようだ。シャワーからは温かいお湯が出るから水道やお湯を沸かす技術はあるらしい――ということくらいは分かったのだが、それ以外のことは分からなかった。
渋々という表現が似合いそうなほどたどたどしくソファに座った使用人たちに世凪が視線を向ける。シェフは少し考えてから、そうですね、と口を開いた。
「城の中は、町よりも快適、とお考えいただけたらいいと思います。ここは水道とガス、電気が使えますが、町の中心部から少し逸れると、まだそういったものの整備はされていません」
「通信……連絡手段とかは?」
世凪が更に聞くと、今度はメイドの一人が、手紙ですね、と答えた。
「電話も貴族のお屋敷や大きな店にはありますが、まだ繋がるところは少ないです。宮廷には、私たちがいるので電話は置かれていません。でも、手紙の到着は早いですよ。専用の馬車ができたって、以前帰省した時に聞きました」
交通手段は馬車が主流のようだ。どうやらインフラ系は揃っていても、情報や交通までは揃ってないらしい。そこまでの発展はしていないのか、と世凪が頷く。
「だったら、食に関する情報とかは、あまり入ってこない?」
「それは、定期的に町で新しい調理法や食材の知識は入れるようにしていますので心配はないかと」
城のシェフということは、この国でもトップクラスの料理人ということなのだろうから、そういった勉強も怠っていないのだろう。自分たち教師も定期的に勉強会に参加したり、意見交換会をすることで『質』を保つように努力している。きっと専門職というのはどれもそういう努力の上で成り立っているに違いない。
「じゃあ、メニューはお任せしますね」
「それはお任せを。ただ、世凪様にお願いがあります。明日からレミウェル様もここで食事をしていただいてよろしいでしょうか?」
世凪がその言葉を聞いて首を傾げる。あの天使のような子の名前がレミウェルだというのは、衛兵が呼んでいたから知っているが、どうしてここで食事をするということになるのかが分からない。
「国王陛下は、ご自分のお考えを否定されることに怒りを覚える方です。きっと、突然王子たちの食事の内容を変えてしまっては、私どころか、世凪様の首も無事かどうか分かりません。ですので、まずはレミウェル様に世凪様が推奨される食事をしていただいて、その変化を国王に見ていただくのが一番穏やかにことが運ぶか、と」
自分好みの食事を家族に強要するような人だ。まして国王なら、その食事は間違っている、なんて誰も言えないだろうし、言ったところで言った方の首を飛ばしてしまえばいいだけのことだ。たとしたら、まずは結果を見せる、というのはとてもいい案だと思う。
「なるほど……もちろん、いいよ。あの子とまた会えるなら、それも楽しみだし」
世凪が微笑んで頷くと、シェフはほっとしたように息を吐いた。
「では、まずは今夜のお食事で何品かお作りしますので、アドウェル様とご試食をお願いいたします。今日から一緒に食事をされるそうなので」
そう言って頭を下げてから立ち上がったシェフに、世凪が、え、と聞き返した。
「アド王子って……? え? どういうこと?」
突然出てきた王子の名前に世凪が驚く。けれど、シェフは少し不思議そうな顔をしてから世凪に言葉を返した。
「さきほどの作戦はアドウェル様がお考えになったことなので、きっと世凪様だけに任せるつもりはないということなんだと思いますよ。一緒にレミウェル様にお出しするものを選んでくださるのではないかと」
「そういうこと……」
アドウェルが世凪と食事をするなんて思っていなかったので少し動揺してしまったが、アドウェルにとっては『仕事の一環』みたいなものなのだろう。そういえば世凪についてはアドウェルに任されていると言っていたし、大事な弟の食事を世凪だけに決めさせるわけにはいかないという思いもあるのかもしれない。
アドウェルが世凪と食事をしたいと思ったわけではない、と思うと、なんだか少し寂しく思えた。
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