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しおりを挟む誰もいない廊下を少し遠回りして歩き、使用人が使う通路から中庭に出ると、月明りに照らされた泉が目の前に現れた。
「ここ……こんなに小さい泉だったんですね」
白い石畳に囲まれた池のような場所は、その中心で世凪が両腕を広げたら端と端に指先が触れそうなほどの大きさだった。中庭に来ることはあっても、ここまでは来なかったから、世凪がこの場所を見るのは初めてこちらに来た時以来だ。
「人がひとり通れるかどうかの大きさです。ここを作ったのも魔法使いらしく、今もその魔法が生きているから泉が人を呼ぶのだと言われています」
「え……すごい魔法使いですね」
「私の祖先らしいです」
「え……だからリゲルさんもすごい魔法使いなんですね」
泉の前まで来ると、リゲルがそんな話をした。帰る頃になってこんなことを聞かされるとは思っていなかったが、そんな血筋だからこそ、城に仕えているのだろう。
「だから、というわけではないんですが、ここに世凪様を呼んで辛い思いをさせてしまっているのなら、私が尻ぬぐいをするべきだと思うんです」
祖先が作った魔法で世凪をここに呼び寄せてしまったのなら、子孫であるリゲルが世凪を元の世界に帰す義務があるとでも思っているのだろう。世凪は隣に佇み、泉の水面を見つめているリゲルに、そうじゃないです、と微笑んだ。
「僕、全然辛い思いはしてないです。むしろ、向こうで漫然とした日々を過ごしていたら得られなかったものをたくさん得たと思います。こっちだと妙にモテましたし」
ふふ、と笑うと、リゲルがこちらに視線を向けた。
「世凪様は自己評価が低いだけで、とても素敵ですよ。だから、皆が惹かれるんです。氷の王子でさえ、初めから笑顔を向けたのですから」
アドウェルの話をされ、世凪の心臓がどきりと跳ねた。あの人のことは思い出さないように、未練にならないようにしてここを去ろうと思っていたのに、そんなことを言われたらあの柔らかい笑顔をすぐに思い出してしまった。
「……アド王子とは、出会えてよかったと思っています。みんな冷たいって言うけど、本当は不器用なだけで優しい人です」
冷たい言い方しか出来ないのは、上手く伝えられないだけ。どんな表情をすればいいのか分からないから表情は固い。でもそれはきっと第二王子という不安定な立場のせいなのだろう。第一王子ほど期待はされず、けれど王子としての資質は常に問われる。フェルジェよりも目立たず、けれど沈みもしない自分を保つのは本当に大変だと思う。加えて使用人たちや城の中の管理をしているのだから、心を無にしなければいけないことも多いはずだ。本当は誰よりも周りのことを気にかけている優しい人だからこそ理解されない事も多いのだろう。
「そうですね。最近は、使用人たちもそれを分かっているようです。世凪様が、アドウェル様を変えたからだと思いますよ」
「僕は何もしてないです……ちゃんと理解してもらえたのはあの方の努力だと思います。そんな人だから、僕は好きになってしまったんだと思います」
「……アドウェル様のことが今もお好きですか?」
改めて聞き返されると、少し恥ずかしい。けれどその言葉に嘘は吐きたくなかった。
「はい……アドウェル様のことが誰より好きです」
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