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「ユズハ様は……アサギ様のことを、どう考えてらっしゃるんですか?」
ナギサがソファを降り、ユズハの傍に座り込む。その表情は昔と同じように穏やかで優しかった。
「……昔はね、大嫌いだった。いっつも苛められるし、態度は大きいし……でも、今は……好き」
ユズハは素直に今の気持ちを告げた。確かに態度が大きいところは変わらないけれど、優しくて頼もしくて、いつでもユズハを包んでくれる――そんなところに惹かれていた。
だから、番になりたいと思ったし、それを許したのだ。
「そうですか……それなら、少し安心です」
ナギサが心底安堵した顔でギンシュを振り返る。ギンシュはそんなナギサを見て、ユズハには見せたことのない、溶ける様に優しい表情になる。それを見て、ユズハはひとつの答えにたどり着いた。
「あの、もしかして……ナギサとギンシュさまって……」
「愛の逃避行の真っ最中だ。近いうちにアジアを出るつもりでいる。ここに寄ったのは……ユズハを共に連れて行くつもりだったからだ」
ギンシュの言葉にユズハが、え、と短く声にしてから、答えを求める様にナギサに視線を向けた。
アサギが言っていた『王の立場で娶れない相手』というのはナギサのことだったようだ。確かにベータの男性であるナギサは子孫を残せないし、なにより使用人という立場だから身分も違う。
そんな二人が駆け落ちという選択をしたことは分かるが、そこにユズハを連れて行くというのはどういうことなのだろう――そう思って首を傾げると、ナギサが、以前から決めていた事です、と口を開いた。
「ユズハ様が十八歳になったことは、存じ上げていました。娼館の女将との約束で、その歳になれば男娼という立場になることも。だから、誰かに買われる前にユズハさまを身請けしようと考えていたのです」
少し遅くなってしまいましたが、とナギサがユズハの手を取る。ナギサの手は少し荒れていて、宮廷とはまた違う生活をしているのだと分かった。確かに国王とお忍びで行動するなんて、苦労も多いだろう。ここまで来るのも大変だったはずだ。
「おれの為に……ナギサも、ギンシュさまも、ありがとうございます」
ユズハはナギサの手を強く握り、深く頭を下げた。昔、あんなふうに自分を逃がしてくれただけでなく、こうして後のことまで考えてくれていたこと、ただそれだけでも嬉しかった。
「でも……一緒に来るつもりはないんだな」
ギンシュの言葉にユズハが顔を上げた。その目は、ユズハの気持ちまで見透かしているようだった。
「二人と一緒に行った方が、きっと不安もないんだと思います。でも……」
そこで言葉を止めたユズハを見て、ギンシュが頷いた。
「アサギを選ぶか。子どもの頃は嫌いだと言っていたのに」
ギンシュに笑われユズハは、だって、と少し不機嫌に表情を変えた。
「あれだけ追い回されて苛められれば嫌いにもなります」
「確かにな。あの歳で、それが愛情の裏返しだとは気付くまい」
ギンシュがくすくすと笑う。ナギサも、そうですね、と微笑んだ。
「愛情って、どういうことですか?」
「そのままだ。アサギは昔から、ユズハを好いていた。不器用なヤツだからな、お前にどう接したらよいか分からなかったのだろう」
「それに、アサギ様はずっとユズハ様を探しておいででした。私たちは、国王様にユズハ様の所在が知れることが何より怖かったので、黙っているしか出来なかったのですが……とても必死でしたよ」
ちゃんと自力で探し出していたんですね、とナギサが言葉を足す。
アサギは昔から好きでいてくれていた、なんて今はまだにわかに信じられないけれど、探してくれていたことが事実なら、それだけで胸の奥が温かくなるほど嬉しいと思った。
「やはり、運命なんだな、お前たちは」
ギンシュが微笑む。ナギサが振り返り、そうですね、と笑った。ユズハだけがその意味が理解できなくて首を傾げる。その表情に気付いたナギサが再びユズハを見やった。
ナギサがソファを降り、ユズハの傍に座り込む。その表情は昔と同じように穏やかで優しかった。
「……昔はね、大嫌いだった。いっつも苛められるし、態度は大きいし……でも、今は……好き」
ユズハは素直に今の気持ちを告げた。確かに態度が大きいところは変わらないけれど、優しくて頼もしくて、いつでもユズハを包んでくれる――そんなところに惹かれていた。
だから、番になりたいと思ったし、それを許したのだ。
「そうですか……それなら、少し安心です」
ナギサが心底安堵した顔でギンシュを振り返る。ギンシュはそんなナギサを見て、ユズハには見せたことのない、溶ける様に優しい表情になる。それを見て、ユズハはひとつの答えにたどり着いた。
「あの、もしかして……ナギサとギンシュさまって……」
「愛の逃避行の真っ最中だ。近いうちにアジアを出るつもりでいる。ここに寄ったのは……ユズハを共に連れて行くつもりだったからだ」
ギンシュの言葉にユズハが、え、と短く声にしてから、答えを求める様にナギサに視線を向けた。
アサギが言っていた『王の立場で娶れない相手』というのはナギサのことだったようだ。確かにベータの男性であるナギサは子孫を残せないし、なにより使用人という立場だから身分も違う。
そんな二人が駆け落ちという選択をしたことは分かるが、そこにユズハを連れて行くというのはどういうことなのだろう――そう思って首を傾げると、ナギサが、以前から決めていた事です、と口を開いた。
「ユズハ様が十八歳になったことは、存じ上げていました。娼館の女将との約束で、その歳になれば男娼という立場になることも。だから、誰かに買われる前にユズハさまを身請けしようと考えていたのです」
少し遅くなってしまいましたが、とナギサがユズハの手を取る。ナギサの手は少し荒れていて、宮廷とはまた違う生活をしているのだと分かった。確かに国王とお忍びで行動するなんて、苦労も多いだろう。ここまで来るのも大変だったはずだ。
「おれの為に……ナギサも、ギンシュさまも、ありがとうございます」
ユズハはナギサの手を強く握り、深く頭を下げた。昔、あんなふうに自分を逃がしてくれただけでなく、こうして後のことまで考えてくれていたこと、ただそれだけでも嬉しかった。
「でも……一緒に来るつもりはないんだな」
ギンシュの言葉にユズハが顔を上げた。その目は、ユズハの気持ちまで見透かしているようだった。
「二人と一緒に行った方が、きっと不安もないんだと思います。でも……」
そこで言葉を止めたユズハを見て、ギンシュが頷いた。
「アサギを選ぶか。子どもの頃は嫌いだと言っていたのに」
ギンシュに笑われユズハは、だって、と少し不機嫌に表情を変えた。
「あれだけ追い回されて苛められれば嫌いにもなります」
「確かにな。あの歳で、それが愛情の裏返しだとは気付くまい」
ギンシュがくすくすと笑う。ナギサも、そうですね、と微笑んだ。
「愛情って、どういうことですか?」
「そのままだ。アサギは昔から、ユズハを好いていた。不器用なヤツだからな、お前にどう接したらよいか分からなかったのだろう」
「それに、アサギ様はずっとユズハ様を探しておいででした。私たちは、国王様にユズハ様の所在が知れることが何より怖かったので、黙っているしか出来なかったのですが……とても必死でしたよ」
ちゃんと自力で探し出していたんですね、とナギサが言葉を足す。
アサギは昔から好きでいてくれていた、なんて今はまだにわかに信じられないけれど、探してくれていたことが事実なら、それだけで胸の奥が温かくなるほど嬉しいと思った。
「やはり、運命なんだな、お前たちは」
ギンシュが微笑む。ナギサが振り返り、そうですね、と笑った。ユズハだけがその意味が理解できなくて首を傾げる。その表情に気付いたナギサが再びユズハを見やった。
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