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「――俺、今までアルファなんて一ミリも興味なかったんだよ。なんであの人にあんなこと……聞いてる? ペンギンちゃん」
しかし、問いかけたところで公園の遊具は喋るわけがない。ペンギンの形に作られたスプリング遊具に軽く触れると、まるで頷くようにペンギンが揺れる。匡史はため息を吐いて遊具の傍から立ち上がった。
誰かに話を聞いて欲しかった。けれど男の上司、しかも自分と同じアルファにキスをしたなんて、話せるような人などいない。たどり着いたのは営業先の近くにあった児童公園の中に静かに佇むこのペンギンだ。
「ありがとな、ペンギンちゃん」
こつん、とその丸い頭を小突けば今度は、ううんいいの、とでも言うように首を振る。ああもうコイツ可愛い持って帰りたい、という衝動に駆られていたところに、プライベート用スマホの着信音が響いた。
「何、安藤」
『お前、その電話の出方、可愛くないからやめろ』
「いーじゃん、俺の自由で。で、何?」
匡史は電話を続けながら辺りを見渡した。小さいベンチを見つけ、そこへ腰を掛ける。
『突然なんだけど、今夜合コンどう?』
「随分急だな」
『ああ、さっき営業先行ったら、そこで誘われて。どうだ?』
どうせ予定ないだろ、と電話の向こうの安藤が言う。確かになんの予定もないが、その全てお見通し的な態度も気に入らず匡史は、やめとく、と呟いた。
『何?』
聞き取れなかったのか、もしくは匡史の言葉に耳を疑ったのか、安藤は怪訝そうな声で聞き返した。
「だから、やめとくって。なんか、気乗りしない」
『珍しいな。そこに運命の番が居るかもしれないじゃないかっていういつもの気合いはどうした?』
「なんだろ……どっか行ったみたい」
『金丸が合コン断ったなんて、大ニュースだな。なんかあったか?』
「なーんも。ただ、ちょっと電池切れただけ」
『課長とのデートは失敗だった?』
「ああ、あの人ね。サイアク。こんなに疲れたの久しぶり」
『へえ。じゃあ、来週のために充電しといてくれよ』
「来週?」
『俺とデートだろ、三橋で』
じゃあな、と安藤はあっさりと電話を切った。そうだった、と思い出した匡史は余計に気力をなくし、くったりとベンチに体の全てを預けて空を仰いだ。四月のまだ少し冷たい風が、芽吹き始めた小さな葉を揺らして音を奏でていく。目を瞑り、それにしばらく意識を預けていると、ざわざわと人の声が聞こえ始めた。みんなこっちですよ、と言う女性の声が一際響いて、匡史は目を開ける。
公園の入り口には近くの保育園のスモックを着た子供たちが手を繋いで並んでいた。邪魔なら場所を移すかと思っていたが子供たちは思い思いに遊び始めたようなので匡史はその姿をしばらく眺めていることにする。子供は嫌いじゃない。自分に子供が出来たら、バカがつくほど溺愛するだろうという予想は充分にしていた。はしゃぎながらブランコに乗る子、砂遊びに集中している子、さっき匡史の話を聞いてくれたペンギンも子供たちに乗ってもらって嬉しそうに動いている。子供たちが遊ぶ姿は平和で幸せな光景だと思う自分が、次の世代を育てられない人に惹かれるはずがないのだ。きっと、さっきのことは何かの間違いだろう。
そうに違いないと自分を納得させるように頷いた匡史は、ふと視線を逸らした。そこには木の幹に背をつけ立ったまま、みんなを眺めている子供が一人居る。どうしたのかと気になるが、声掛け案件になるのも嫌だなあと迷う。しかししばらく彼を見ているとその場にしゃがみ込んでしまった。先生らしき女性は他の子どもに目を向けていて気付いていない。
匡史は立ち上がり、その男の子の傍へと駆け寄った。
「具合悪いのか?」
匡史が声を掛けると、男の子は驚いて顔を上げた。それからふるふると首を振り、立ち上がる。
「関係ないじゃん、おじさんには」
「おっ……ひどいなあ。まだ二十八だよ、俺。世間的にはまだオニーサン」
あっそう、と整った顔をした男の子は興味もなさそうに答える。それきりこちらを向かなくなったので匡史はここにいるのも潮時かと、腰を上げた。
男の子にも嫌われたようだし、これ以上ここに居ては保育士の目も『近所の人』から『不審者』に切り替わってしまう。
匡史が立ち上がった、その時だった。抱えていた営業資料がバサリと地面に落ちる。
幸い封筒に入れていたので資料が汚れる心配はなかったが、ここに置いていくわけにはいかない。匡史は再びしゃがみ込んで封筒を拾い上げ、やれやれとばかりに息を吐いて立ち上がった。
「おじさん、おおもりけんざいの人?」
その様子を隣で見ていたのだろう。さっき会話を拒んだ男の子が匡史の拾い上げた封筒を指差して話しかけてきた。
「――そうだよ。オニーサンの働いてる会社だよ」
「じゃあ、ソウジ知ってる? そこでエイギョウのカチョーやってるんだって」
「ソウジ? 営業……課長?」
しかし、問いかけたところで公園の遊具は喋るわけがない。ペンギンの形に作られたスプリング遊具に軽く触れると、まるで頷くようにペンギンが揺れる。匡史はため息を吐いて遊具の傍から立ち上がった。
誰かに話を聞いて欲しかった。けれど男の上司、しかも自分と同じアルファにキスをしたなんて、話せるような人などいない。たどり着いたのは営業先の近くにあった児童公園の中に静かに佇むこのペンギンだ。
「ありがとな、ペンギンちゃん」
こつん、とその丸い頭を小突けば今度は、ううんいいの、とでも言うように首を振る。ああもうコイツ可愛い持って帰りたい、という衝動に駆られていたところに、プライベート用スマホの着信音が響いた。
「何、安藤」
『お前、その電話の出方、可愛くないからやめろ』
「いーじゃん、俺の自由で。で、何?」
匡史は電話を続けながら辺りを見渡した。小さいベンチを見つけ、そこへ腰を掛ける。
『突然なんだけど、今夜合コンどう?』
「随分急だな」
『ああ、さっき営業先行ったら、そこで誘われて。どうだ?』
どうせ予定ないだろ、と電話の向こうの安藤が言う。確かになんの予定もないが、その全てお見通し的な態度も気に入らず匡史は、やめとく、と呟いた。
『何?』
聞き取れなかったのか、もしくは匡史の言葉に耳を疑ったのか、安藤は怪訝そうな声で聞き返した。
「だから、やめとくって。なんか、気乗りしない」
『珍しいな。そこに運命の番が居るかもしれないじゃないかっていういつもの気合いはどうした?』
「なんだろ……どっか行ったみたい」
『金丸が合コン断ったなんて、大ニュースだな。なんかあったか?』
「なーんも。ただ、ちょっと電池切れただけ」
『課長とのデートは失敗だった?』
「ああ、あの人ね。サイアク。こんなに疲れたの久しぶり」
『へえ。じゃあ、来週のために充電しといてくれよ』
「来週?」
『俺とデートだろ、三橋で』
じゃあな、と安藤はあっさりと電話を切った。そうだった、と思い出した匡史は余計に気力をなくし、くったりとベンチに体の全てを預けて空を仰いだ。四月のまだ少し冷たい風が、芽吹き始めた小さな葉を揺らして音を奏でていく。目を瞑り、それにしばらく意識を預けていると、ざわざわと人の声が聞こえ始めた。みんなこっちですよ、と言う女性の声が一際響いて、匡史は目を開ける。
公園の入り口には近くの保育園のスモックを着た子供たちが手を繋いで並んでいた。邪魔なら場所を移すかと思っていたが子供たちは思い思いに遊び始めたようなので匡史はその姿をしばらく眺めていることにする。子供は嫌いじゃない。自分に子供が出来たら、バカがつくほど溺愛するだろうという予想は充分にしていた。はしゃぎながらブランコに乗る子、砂遊びに集中している子、さっき匡史の話を聞いてくれたペンギンも子供たちに乗ってもらって嬉しそうに動いている。子供たちが遊ぶ姿は平和で幸せな光景だと思う自分が、次の世代を育てられない人に惹かれるはずがないのだ。きっと、さっきのことは何かの間違いだろう。
そうに違いないと自分を納得させるように頷いた匡史は、ふと視線を逸らした。そこには木の幹に背をつけ立ったまま、みんなを眺めている子供が一人居る。どうしたのかと気になるが、声掛け案件になるのも嫌だなあと迷う。しかししばらく彼を見ているとその場にしゃがみ込んでしまった。先生らしき女性は他の子どもに目を向けていて気付いていない。
匡史は立ち上がり、その男の子の傍へと駆け寄った。
「具合悪いのか?」
匡史が声を掛けると、男の子は驚いて顔を上げた。それからふるふると首を振り、立ち上がる。
「関係ないじゃん、おじさんには」
「おっ……ひどいなあ。まだ二十八だよ、俺。世間的にはまだオニーサン」
あっそう、と整った顔をした男の子は興味もなさそうに答える。それきりこちらを向かなくなったので匡史はここにいるのも潮時かと、腰を上げた。
男の子にも嫌われたようだし、これ以上ここに居ては保育士の目も『近所の人』から『不審者』に切り替わってしまう。
匡史が立ち上がった、その時だった。抱えていた営業資料がバサリと地面に落ちる。
幸い封筒に入れていたので資料が汚れる心配はなかったが、ここに置いていくわけにはいかない。匡史は再びしゃがみ込んで封筒を拾い上げ、やれやれとばかりに息を吐いて立ち上がった。
「おじさん、おおもりけんざいの人?」
その様子を隣で見ていたのだろう。さっき会話を拒んだ男の子が匡史の拾い上げた封筒を指差して話しかけてきた。
「――そうだよ。オニーサンの働いてる会社だよ」
「じゃあ、ソウジ知ってる? そこでエイギョウのカチョーやってるんだって」
「ソウジ? 営業……課長?」
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