うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)2

藤吉めぐみ

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 克彦から、昼を一緒に摂ろうとメッセージが入ったのは、その現場を離れてからすぐの事だった。今日は克彦も比較的余裕があるのだろう。
 匠は久々の二人でのランチが嬉しくて、上機嫌で待ち合わせの店に向かった。
 チェーン展開しているカフェだが、席ごとに仕切られていて都合がいい。
 店内に入り、店員に待ち合わせだと伝えると、匠は店内を見渡した。奥の席で、こちらに手を振る克彦が見える。匠はそれに笑顔を向け、歩き出した。
「お疲れ様、辻本」
「お疲れ様です、主任」
 克彦の言葉に応え、匠がテーブルを挟んで向かいの椅子に腰を下ろす。こうして外で会う時は、お互いに仕事モードで会うことにしていた。やはり、どこで誰が見ているか分からない。寂しいけれど、有名建築デザイナー市原克彦と付き合うということは、そういうことなのだろう。
「お待たせしましたか?」
 テーブルには既に飲みかけのコーヒーが置かれていた。
「いや。少し早く来て、ここで仕事をしてたんだ。それより、何食べる?」
 克彦に聞かれ、匠はメニューに視線を落とす。
「ホットサンドのセットにします。で、主任はパスタにしてください。シェアしましょう。飲み物はカフェオレで」
 いいよ、と言うと、克彦が店員を呼び匠の分も合わせて注文をする。克彦のこんなスマートなところは、やっぱりきゅんとしてしまう。今自分はきっと部下の顔じゃないだろうなと分かっていてもついにやけそうになってしまう。
「午前中の現場はどうだった?」
「順調でした。工期の短縮と内装の変更もお伝えしてきました……ちょっと嫌な顔されましたけど」
「だろうな」
 匠の言葉に克彦がそう頷いて小さく笑った。
「でも、助けてくれる大工さんが居て。なんとかやってもらえそうです」
「助けてくれる……?」
「はい。なんか少しバカにされてるんですけどね」
 子ども扱いされるんです、とため息を吐くと、克彦が少し眉間にしわを寄せた。何か拙いことでも言ったかと聞こうとした、その時だった。
 すみません、と声が掛かり、克彦も匠も声のする方を見やった。匠の斜め後ろの通路に立っていたのは二人組の女性だった。
「あの、市原克彦さん、ですよね」
「……ええ、そうですが」
 驚いた顔をして、克彦が頷く。その答えに女性が、やっぱり、と嬉しそうに言った。
「私たち、建築科の学生なんです。先月の専門誌にも出てましたよね! 買いました!」
「それは……ありがとう」
 克彦が優しく微笑む。その反応に、女性たちの顔が赤くなる。当然の反応だろう。
 克彦は本当にカッコいい。きっとどれだけ歳を重ねてもこのままカッコいいのだろうと思う。匠だって毎日見ているのに、それでもときめくのだ。
「あの、市原さんがデザインする時に気を付けてることとかありますか?」
 テーブルの傍に立ち、すっかり克彦に夢中の二人は更に話を繋いだ。未来の建築士なら無碍にもできないのだろう。克彦も少し困った様に眉を下げるが、そうだな、と答える気で言葉を探している。
 完全に空気の扱いになっている自分に匠は小さくため息を吐いた。それからすっと立ち上がる。
「主任、僕は午後からの打ち合わせがあるので、ここで――君たち、よかったらここに移動するといいよ」
 匠がトートバッグを拾い上げ、二人の女性に笑顔を向けると、いいんですか、と嬉しそうに笑んだ。
「しかし、辻本、シェアすると……」
「今日はホットサンドだけで大丈夫です。頼んだものはテイクアウトにしてもらうので、主任はごゆっくり」
 そう言ってもう一度克彦の顔を見やると、不満そうな表情になっていた。以前はこんなに表に感情を出すことはなかったのだが、今は随分感情も読み取れるようになってきた。
「じゃあ、主任。また後ほど」
 匠が席を離れると、ありがとうございました、と女性の声が飛ぶ。匠はそれに笑顔で手を振り返してから、会計カウンターでテイクアウトの旨を話し、商品を受け取ってから店を出た。
 外に出てから店内を見ると、楽しそうな女性たちと、真面目な顔をした克彦がいて、匠は視線を逸らし、足早にそこを離れた。
「……久々のランチデートだったのに……」
 関係を隠すことには慣れた。外で『主任』と呼ぶことも、ただの部下になることも、なんなら他人のふりをすることにも慣れた。
 けれどそうした後に必ず付いてくる寂しさには未だに慣れなかった。
 克彦は自分のものだと叫びたい。そんな衝動は時々匠の中に押し寄せる。けれどそんなことは出来るはずないので、匠はそう思うたびに大きく息を吸い、その気持ちごと吐き出してしまうのだった。
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