うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)2

藤吉めぐみ

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 確かに克彦の口から真実を聞きたいとは思う。それで安心するかもしれない。なんだこんなに不安になることなんかなかったと思うかもしれない。
 けれど自分が思う最悪の言葉を口にされたら――そう思うと克彦にこちらから連絡なんてできなかった。
 匠が、はあ、とため息を吐くと、辻本さん? と自分を呼ぶ声が聞こえ、匠は意識を目の前に戻した。
 匠は今は仕事中だと、自分に言って聞かせるように深呼吸をした。
「すみません、床材の話ですよね」
 先日来たばかりのリフォームの現場に来ていた匠は目の前に積まれたフローリングを見やった。施主に呼び出されたから何かと思えば、床の色がイメージと違う、ということらしい。
「こんなに白いと思ってなくて。これじゃ汚れ目立つから、もう少し暗い色に変えられない?」
「今からですと……発注して届くのが来週になるんですが」
「工期、変わる?」
「多少は長くなるかと思います」
「それは避けて欲しいんだよね。頼むよ、辻本くん」
 ね、と言われ匠が、でも、と眉を下げる。実際に作業をするのは自分ではない。それにこんなふうに変更を繰り返されては目途も立たない。
「相談はしてみます……」
「そう、助かるよ」
 じゃあよろしく、と言われ、匠はため息を吐いてから、その場でタブレット端末を開いた。今言われた床材の発注をする。それから今後入る予定の変更前の床材の情報を社内のチャットに上げる。材料のキャンセルや変更はよくあるので、こうして社内で情報を共有しておくと、誰かが使うかもしれないし、もし使うのなら発注をするより早く届くというメリットもある。
 誰かから返信はないかと待っていた、その時だった。
スマホがメッセージの着信を告げる。匠がそれを開くと克彦からのものだった。
『匠から聞きたいことはないようだけど、朝の話をきちんとしたい。今日は早く帰るから、匠もまっすぐ帰っておいで』
 そんなメッセージを見て、匠の胸は小さく痛んだ。どんな話をされるのだろう。
 やっぱり女性の方がいいから別れてくれなんて言われたら、匠はどうしたらいいのか分からない。
 ため息を吐いてスマホをしまい込むと、チャットの返信が来ていた。真田から、次の現場で使うからそのまま納品先を変えて、といわれ、ほっとして了解の返信をすると、今度は、子猫ちゃん、と声が掛かる。
「伊賀さん」
 外で作業をしていた伊賀が中へ入ってきて、いつもの笑顔でこちらに手を振る。それから、お疲れ様、と匠の被っているヘルメットをコツン、と小突く。
「今の施主さん? また変更?」
「はい。床を変えると言ってきて……工期、組み直してもらったばかりなのに」
 すみません、と頭を下げると、伊賀は、ホントだよー、とため息を吐いた。
「あ、あの、ここにあるものは別の現場で使えるみたいなので、しばらく置かせてください。ホントにすみません」
 匠がそう言って大きく頭を下げ、目をつぶる。伊賀のことだから、いいよ、と言ってくれると思っていたのに全然反応がなくて目を開けると、目の前でしゃがみ込み、こちらを見上げる伊賀が居た。驚いて頭を上げ、一歩下がる。
「子猫ちゃん、睫毛長いねー」
「え、まつ……え?」
「目が大きくて可愛いなと思ってたけど、つぶっても可愛いね」
「……伊賀さん、ひとの話聞いてました?」
 怪訝な顔を向けると伊賀が立ち上がり、聞いてたよ、と微笑む。
「大丈夫、工期の調整はするし、ちゃんと最後までいい仕事するから」
 力強い言葉に匠がほっとして頷く。それを見ていた伊賀が再び匠のヘルメットに手を伸ばす。それを外すと髪を乱すように匠の頭を撫でた。
「い、伊賀さん?」
「子猫ちゃんの髪、ふわふわで柔らかくて、ホントに猫のお腹みたいだよね――頑張るから、ご褒美だと思って少し撫でさせてよ」
 伊賀に言われ、匠は言い返すことも断ることも出来ずにそのまま撫でられる。
「ホント可愛いなあ、子猫ちゃん」
 伊賀がくすくすと笑いながら呟いた。
「可愛くなんか、ないです……」
 匠は伊賀の言葉に真っ赤になって反論するが、伊賀がまた、可愛い、と言うので、反論する気も失せ、そのまま伊賀が満足するまで撫でられていた。
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