うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)2

藤吉めぐみ

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 目的の店でランチを買い、二人は会社に向かった。既に時間は二時近くだったが、克彦のことだから何も食べずに仕事をしているはずだ。集中すると寝食をおろそかにするのは匠とよく似ている。
 会社は駅から歩いて五分ほどなので、すぐにたどり着いた。商業ビルのエントランスを入り、エレベーターに乗り込むと、匠は慣れた手でオフィスのある階のボタンを押した。
「オシャレなビルだね、ここ」
「うちの社長がデザインしてるんだ。ここも社長の持ち物。でも、オフィスは割と普通だよ」
 匠がそう言っているうちにエレベーターが止まる。開いたドアをくぐり、歩き出すと、すぐにオフィスのドアが見える。匠は少し駆け足でそれに向かい、ドアを開いた。
「克彦い……る……」
「た……辻本……どうかしたか?」
 匠の言葉が止まったのは、克彦の傍に香月が居たからだ。広い机に図面を並べ、二人で仕事をしていたということは理解したが、二人の距離はあまりにも近くて驚いてしまった。
「あら、辻本くん。何かトラブルでもあった?」
 休日だからだろう。香月は普段のパンツスーツとは違い、胸の大きく開いたカットソーに短いスカートをはいている。ボディーラインの出るその服装が『女』をアピールしているようで、匠の胸は訳もなく痛んだ。
「え、あ……さ、差し入れです! これ、よかったら食べてください!」
 匠は近くの机に手にしていた紙袋を置くと、そのまま後退りした。すぐ後ろに居た明彦にぶつかる。匠は明彦を見上げた。
「帰ろ……明彦……」
 匠が言うと、明彦が、え、と驚く。明彦には今匠に何が起きているのか、理解はできないだろう。
「明彦も居るのか?」
 そんな明彦の声に気付いたのか、克彦がそう聞く。明彦がどう答えたらいいか考えているうちに匠が口を開いた。
「あ、明彦と遊んでて……お、邪魔しました!」
 匠はそう言って頭を下げるとオフィスから駆け出した。エレベーターではもどかしいので階段を駆け下りる。
「匠くん!」
 それを追って来た明彦が声を掛ける。匠は踊り場の部分で立ち止った。
「明彦……香月さん、一緒だった……」
「そう、だね。でも、仕事してたみたいだし、きっとやましいことはないと思うよ」
「それも気になるけど……俺、香月さんがいるところで『克彦』って呼んじゃった……」
「……え、そっち?」
 大きくため息を吐く匠に明彦が驚き、すぐに笑う。笑いごとではないのだと匠が拗ねた顔で明彦を見上げると、明彦が、ごめん、と言う。
「だって、ただの部下が上司を下の名前で呼ぶとか……絶対何か気づかれたよ」
「……気付かれたところで、何か問題ある?」
 再びため息を吐く匠に明彦が聞き返す。
「大ありだよ! 俺……克彦の邪魔だけはしたくないんだ。好きな仕事を奪いたくない」
 匠のためなら仕事も捨てると豪語する克彦は、二人の事が公になり何か批判をうけるなら、この仕事を辞めてしまうかもしれない。匠から見ても楽しそうなのに、それを自分が奪うことが一番怖かった。
「そっか……匠くんは兄さんのこと、ホントに大事にしてくれてるんだね」
 明彦が穏やかな笑みを浮かべ歩き出す。匠はそれに付いていくように階段を降り始めた。
「そんなこと……ただ俺が少しでも長く克彦と居たいだけだよ」
 もし二人が別れることがあるのなら、その理由はこの世からどちらかが居なくなることがいい。他の理由では離れたくないと思うくらいには、匠は克彦のことを愛している。
「純愛だなあ」
「でしょ。もっと言っていいよ」
 匠が笑うと、明彦も微笑む。それから、じゃあ、と口を開く。
「どこかでランチにしよう。そこでいっぱい言ってあげるよ」
 匠くんがもういいって言うくらい、と言われ、匠は頷いた。
「楽しみだな」
 そう返すと、明彦が、覚悟してよ、と笑った。
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