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しおりを挟む翌朝、ぼんやりと目を覚ました匠は、布団の中から手を伸ばし、スマホを引き寄せた。ゆっくりと目を開けると、その画面に映る時間に驚いて起き上がる。それから曜日が土曜になっていることに気付き、大きく息を吐いた。
「……遅刻したかと思った……」
ぼふん、と布団に転がってからふと隣が空いていることに気付く。
「克彦……?」
もう一度起き上がり、スマホを手にベッドを降りる。リビングへ行くが克彦の姿はなかった。首を傾げソファに座り込む。スマホの画面を改めて見ると克彦からメッセージが入っていた。
「……仕事、入ったんだ……」
現場に行かなくてはいけなくなった、せっかくの休みにごめん、という内容だった。匠に気を遣って起こさずに行ったのだろう。
静かな部屋はなんとなく寂しくて、ソファに転がったその時だった。握ったままのスマホが震え、匠はそれに目を向けた。
「明彦?」
明彦からのメッセージに驚いてそれを開く。
『兄さんから、匠くんが暇してるだろうからどこかに誘ってあげてって言われたんだけど、暇かな?』
そんなメッセージに匠は思わず笑ってしまう。これでは子ども扱いだ。けれど、そんなふうに自分を気にしてくれたことも嬉しいし、一人にすると他の誰かと過ごすのではという心配も見えて、悪い気はしなかった。
匠はそう思いながら明彦に返信する。
観たい映画があるんだ、というメッセージを送ると明彦からは、いいよ、のスタンプが返る。
それを見て匠は出かける準備をするためにソファから起き上がった。
「映画、アクション派手で面白かったね、匠くん」
映画館を出ながら、明彦は楽しそうな笑顔で、隣を歩く匠にそう話しかけた。匠がそれに頷く。
「会社の事務の人が観に行ったって話してて、面白そうだなって思ってたんだよ」
明彦も面白かったなら良かった、と匠が返すと、明彦は、肩から掛けていたカバンからスマホを取り出した。
「あ、もう昼過ぎたね。どこかでご飯にする?」
「うん、する。何食べたい? 明彦」
匠もスマホをポケットから取り出す。映画館の中では音を切っていたので気づかなかったが、何件かメッセージが来ているようだった。
その中のひとつに克彦からのものがあり、匠はそれを開いた。
現場から戻ったけれどデスクワークが残っていて夜まで帰れそうにない、という文面に、匠は、そっか、とため息を吐いた。それを見ていた明彦が、どうかした? と聞く。
「……克彦、夜まで仕事だって」
「そっか……兄さん、元々はワーカホリックだからなあ。匠くんと付き合い出して、少しマシになったけど」
明彦が眉を下げて笑う。確かにその通りで、克彦は自分と居る時以外は仕事ばかりしている気がする。もちろん知識も必要な仕事ではあるが、クリエイティブな部分もあるのでいつも頭の片隅でアイデア探しをしているような職業だ。そのせいもあって、ワーカホリックになりやすい仕事ではあると思う。けれど克彦はそれにしても仕事をし過ぎだ。
「克彦、仕事好きだしね」
匠もなりたくてなった職業だ。もちろん仕事は好きだけれど、克彦ほどではない。それだけ、仕事に対して真摯だからこそ、今のキャリアがあるのだろう。
「仕事と心中する勢いだったけど、今は匠くんが居るから……よろしくね、匠くん」
「うん。見張っとく」
匠が答えると、そうして、と明彦が笑う。それから、それよりも、と言葉を繋ぐ。
「ランチ、どうする?」
「うーん……」
明彦に言われ、匠が首を傾げて唸る。食に関しては克彦に満たされてしまっているので、こういう時食べたいものが思いつかないのだ。我ながら贅沢だとは思う。
「カフェ系? ラーメンとかがっつり系?」
「カフェ……あ、どっか、テイクアウトできるカフェ知らない? ランチ買って、克彦のとこで三人で食べない?」
「え? でもオレ部外者だよ?」
「大丈夫だよ。克彦しかいないだろうし」
やろうと思えば家でもできる仕事なので、休日はほぼ誰も出勤しない。今日の克彦のように現場でトラブルが起きた時くらいだ。だから今はおそらく克彦が一人で仕事をしているのだろう。
「まあ、ダメでも天気もいいし、外でランチもいいかもね」
明彦がそう言ってスマホの画面に視線を落とす。しばらくしてから、その画面を匠に見せた。
「ここ、どうかな? アジア系のカフェなんだけどテイクアウトも出来て……コーヒーも美味しいし、匠くんの会社から一駅だし」
「へえ、よさそう」
「うん。ナシゴレンとバインミーは食べたことあるけど、美味しかった」
取引先の近くなんだよね、と明彦が言い、匠はそれに大きく頷いた。
「じゃあ、そこにしよう」
匠の言葉に明彦が頷き、行こうか、と駅へと向かって歩き出した。
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