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しおりを挟むコンビニまでは歩いて五分もかからないのですぐに着いた。そこで缶ビールを数本カゴに入れ、匠はそのままレジに向かおうとした。けれどふと足を止める。
「……多分伝わってるとは思うけど、ダメ押しで……」
匠はそう呟くと衛生用品の棚に向かい、小さな箱をひとつカゴに放り入れた。それから急いでレジに向かう。こんな恥ずかしいことをするのは初めてなので、今更ドキドキしてしまって、とにかく早く帰ってしまいたいと思って、コンビニを出て匠は少し速足でマンションまで戻って来た。エントランスを入り、エレベーターの前にたどり着いた、その時だった。
「あれ? 辻本くん?」
後ろからそんな声が響いて匠は振り返った。そこに居たのは香月だった。
「……香月さん……」
「辻本くんも、克彦に用事?」
そう聞かれ、匠は慌てて手にしていた部屋の鍵をポケットにしまい込んだ。それから、はい、と頷く。
「主任に資料をいただいたので、そのお礼に……」
匠は自分がコンビニの袋を提げていることを利用してそううそぶいた。けれど香月は、そういえば貰ってたわね、と納得したようだ。
「じゃあ一緒に行きましょうか。克彦びっくりするかもね」
「え?」
どういうことかと首を傾げると、香月がくすりと笑う。
「もしかしたら辻本くんとわたしが付き合い出したのかも、なんて勘違いするかも。こんな時間に揃って来るなんてって」
「いや、それは……香月さんに俺は似合わないです」
もっとカッコいい人じゃなきゃ、と匠が言うと、そうかしら、と香月が聞き返す。
「辻本くんだって相当なイケメンでしょ? まあ、ちょっと可愛いイメージはあるけど……アイドルみたいで、わたしは好きよ」
「アイドル、ですか……」
もうそんな歳でもないです、と言い返すが、そんなことないわよ、と香月が微笑む。
「克彦だって、可愛がってるじゃない。あんな、自分で集めた資料渡すなんて、肩入れしてる証拠でしょ。期待してる部下としてか、辻本くん自身に好意を寄せてるのかは分からないけどね」
その言葉に匠はドキリとした。克彦が自分を特別に思っているなんて悟られたくはない。
「そう、でしょうか……主任は厳しいけど、ちゃんと評価はしてくれますから。厳しいだけじゃない人なので」
「……そう。そう思ってるのね、辻本くんは」
そんな会話をしているうちにエレベーターが降りて来る。匠は仕方なく香月と一緒にそれに乗った。
自分の部屋の前でインターホンを押し、克彦が出るのを待つのはなんだか不思議な気分だがこの場合仕方ない。
『え、たく……』
「辻本です! 香月さんもいます」
克彦が匠と呼ぶ前に匠が声を重ねる。隣の香月をちらりと見たが、特に今のやりとりを不思議には思っていないようだ。
『……今開ける』
克彦はそう言うとインターホンを切った。しばらくするとドアが開く。
「ごめんね、こんな時間に。ちょっとアドバイス欲しい仕事があって」
香月がカバンからファイルを取り出す。克彦はそれを受け取りながら、オンラインでも良かったんじゃないか、と小さくため息を吐いた。
「そんな寂しい事言わないでよ。今彼女いないんでしょ」
「いないとは言ってない」
「じゃあ居るの?」
香月が無邪気に聞くと、克彦が深いため息を吐く。
「香月には関係ないと言ったんだ――ところで、辻本は? まさか香月の付き添いでもないだろう?」
「あ、はい……これ、資料のお礼にと思って。あの、仕事なら、俺このまま帰りますね」
ビールの入った袋を克彦に手渡す。克彦の目が戸惑いを見せていた。匠の家はここなのに『帰る』というのはどこに行くつもりなのかと思っているのだろう。匠は、大丈夫というメッセージを込めて笑顔を向けた。
「いや、せっかくだから寄っていかないか? 中で少し待っててくれたら……」
匠のメッセージは受け取ったのだろう。それでも心配でこんなことを言ってくれる克彦に胸がきゅんとなる。けれど匠は首を振った。
もしここで自分が家に入ったら香月も入れないわけにいかなくなる。二人の部屋に香月が入るのは嫌だった。
「もう遅いし、主任だって疲れてるだろうし」
「あら、克彦疲れてるの?」
匠の言葉を聞いて、香月が聞く。克彦はそれに、まあ、と口を開いた。
「今日はほとんど現場に居たから……」
「そうなの。じゃあ、すぐに済ませましょう」
香月がそう言って克彦の持っていたファイルを引き抜き、ページをめくる。
「悪いな、香月。ここで済ませていいか?」
「……ホントは机くらい欲しいところだけど、ここでいいわ」
香月は靴箱の上にあるトレーを端に寄せ、そこにファイルを開いた。トレーにはこの家の鍵が置かれている。今は匠が自分の鍵を持っている。ここには克彦の分しか載っていないので香月も特に気に留めることもなく、仕事の話をし始めた。その様子を見て匠が克彦に、主任、と声を掛ける。
「俺は、これで」
「……ああ。わざわざ済まない。あ、デザイン完成したら、また送るといい。いつでも見るから」
克彦の言葉に匠が、はい、と頷く。
『ごめんな、匠。必ず連絡して、すぐに迎えに行くから』――その言葉は匠の中でそう変換される。きっとその通りだというのは、もう分かっている。
「じゃあ、香月さん、失礼します」
「うん。お疲れ様。また明日ね」
はい、と頷いて匠は玄関ドアを閉めた。廊下を歩いてエレベーターの前まで来ると、急に寂しさが押し寄せてきた。
本来なら、自分があの部屋に残って香月が帰っているはずなのに、どうしてこんなことになっているのだろう。ずっとこんなことが続いている気がする。
克彦と付き合うには確かに我慢しなきゃいけないことも多いし、理解しているつもりだけれど、こんなに連続すると匠でも耐えられなくなっていた。
こんな時、行ける場所は一つしかなかった。
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