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しおりを挟む「あのねえ、匠くん……オレが何でも許すと思ったら、大間違いだから」
明彦の家に着き、匠が浴びた第一声はこれだった。
「ごめん……他に思い浮かばなくて……」
「そうじゃなくて。どうして雨降ってることもメッセージで入れてくれないの。匠くんが風邪ひいたら、兄さんに怒られるの、オレなんだよ」
知らないでしょ、匠くんと会った後兄さんに取り調べされてるの、と明彦が不機嫌な顔をする。
明彦の家の最寄り駅にたどり着くと、雨が降っていた。もちろん傘など持っていない匠は仕方なく濡れて明彦の家まで歩いた。その結果がこれだ。
「ごめん。駅着いた時はまだ小雨で……ほんの少し前なんだよ、こんな激しく降り始めたの」
明彦からタオルを受け取った匠はそれで髪を拭き、上着を脱ぐ。それを明彦が受け取った。
「兄さんには連絡入れたんだよね?」
「うん、さっき。後で迎えに来るって」
匠が答えると、そっか、と明彦の表情が緩くなる。ここに来た原因がケンカではないと知って少し安心したらしい。
「まずは風呂入っておいでよ。その間に服洗って乾かすから」
「ありがと……そういうマメなとこ、克彦にそっくりだね」
「……それはオレも思うよ。出来ればこういうところは、彼女に対して発揮したいんだけど」
どうして彼女出来ないかなあ、とため息を吐く明彦に、匠が笑う。
「彼女が出来たら、こんなふうに来れないね、俺」
「そうなることをオレは願ってるんだけど」
とにかく入って、と明彦がため息を吐く。それでも迷惑そうではない明彦にほっとして、匠は言われるがまま部屋の中へと入った。
風呂と着替えを借りて落ち着いた匠は、明彦から温かい紅茶の入ったカップを受け取ってから、テーブルの前に腰を下ろした。直角の位置には同じように明彦が座っている。
「今度はどうしたの?」
明彦に聞かれ、匠はコンビニの帰りに香月に会ってしまったところから話した。
どうしようもなくて、ただの部下のふりをしてここまで来たことも話すと、明彦は、大きくため息を吐く。
「……匠くんさあ、もう香月さんには兄さんと付き合ってること、言っちゃえば?」
「え、いや、無理でしょ。あの人に知れたら、職場に周知されちゃうし、外にだってどこから漏れるか分かんないよ」
克彦が自分と付き合ってるなんて世間が知ったらどうなるか。それが分からないから余計に怖い。
「うーん、でもさ……そうやって我慢してると、いつか限界が来るよ?」
明彦が優しくこちらを見やる。時々しか会わない明彦にも自分が我慢していると分かってしまうらしい。匠は苦く笑って、そうなんだけど、と答えた。
「俺だって、外で恋人として会いたいし、誰かに克彦との時間を譲りたいとは思ってない。そうする度にやっぱり辛いし、悲しいし、めちゃくちゃ嫉妬もするけど、でも……克彦の負担にはなりたくない」
匠がぐっと唇を噛んで俯く。持っていたカップの中に雫が落ちて、自分が泣いていることに気付いた匠は慌てて頬を手で拭った。
「匠くん……自分が思ってるより、匠くんの心、付いていってないんじゃない? もっと兄さんに話して、頼っていいんじゃないかなあ? 兄さん、匠くんにはバカかなってくらい甘いから」
「それは……でも、ありがと」
気持ちくらい話してもいいはずだ。何でも話そうという約束は、きっとこういうことにも有効なのだろう。明彦に話すだけでも幾分心は軽くなっていた。
帰ったら克彦に話そう――そんなことを考えていると、目の前に置きっぱなしにしていたスマホが音を立てた。
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