うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)2

藤吉めぐみ

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 少し離れたところに止まっていた克彦の車に乗り込んだ匠は大きく息を吐いた。後部座席に乗っている香月を振り返り、思い切って香月に向かって口を開く。
「全部、聞いたんですよね……」
「そうね。でもごめんね……もう少し前から気付いてたの。きっかけは、休日の差し入れかな? 克彦が部下から差し入れ貰うなんて、前は絶対になかったし……辻本くんが下の名前で呼んでたこと、克彦に聞いたら『明彦と間違えたんだろう』なんて言って……そんなわけないでしょ?    その後、辻本くんが落とした付箋に『十二時にロビー』って意味深なメッセージがあったし、決定打はそのカバンに付いたキーホルダーね。克彦の部屋にあった鍵についてるものとお揃いでしょ?」
 完璧に隠しているつもりだったのに、香月にはバレていたようだ。香月の言葉を聞いて、笑い出したのは克彦だった。
「そんなところは女だな。よく見てる」
「何よ、その言い方。女だから細かいとか、今時そんなの流行らないわよ」
 香月が運転席に向かって声を飛ばす。それに克彦が不機嫌な顔をした。
「そうではなくて、女性の方が目ざといだろ? そういうことを言ってる」
「そんなの性格じゃないの? ていうかね、克彦だって細かいじゃないの。わたしまだ、あの物件の収納のデザイン、認めてないから」
「あれは絶対にあと五センチ高く作った方がいい」
「その五センチで何が変わるのよ? だいたい、高い位置の収納は使いにくいのよ。それに……」
 香月が言葉を繋ごうとした時、匠が慌てて、待ってください、と口を挟む。
「仕事の話は、明日にしませんか?」
 香月に向かって匠が言うと、そうね、と香月が軽く咳払いをする。それから匠の顔を見つめ、微笑んだ。
「わたし、克彦のことはもうなんとも思ってないから。こっちに戻ってきて、ちゃんと再確認したの。でも、仕事で関わる以上、今みたいにヒートアップして距離も近くなっちゃうし、やっぱり仕事ではパートナーでいたいと思ってる。だから、克彦の今の恋人に、わたしは敵じゃないって伝えたかったの。なのに克彦ってばはぐらかしてばっかりで……こんなに時間かかっちゃった」
 ごめんね、と香月に言われ匠はゆっくりと首を振った。
「俺も……隠そうとしてたので……ていうか、絶対誰にも知られちゃいけないって、思ってて」
「どうして? 海外じゃ結婚も認められてるところもあるし、私も向こうで堂々と同性で抱き合ってるカップルたくさん見たわよ。悪い事じゃないんだから、隠す必要はないわよ」
 まあ日本じゃある程度隠さなきゃいけないかもしれないけど、と香月が言う。匠はそれに頷いた。
「悪い事じゃないんですよね……俺、克彦と他人やただの部下のふりをするたび、すごく胸が痛かったんです。誰かに克彦の隣を譲るたびに泣きたくなって……そうなるくらいなら、少しくらいバレてもいいのかもしれないです」
「そうね……それに、近くに同性のカップルがいると感覚も麻痺するかもしれないし」
 初めは匠の言葉に頷いていた香月だが、突然よく分からないことを言い出し、匠が首を傾げる。すると、こっちの話、と香月が笑った。
「じゃあ、わたしはここで。残業中の直を迎えに行って夕飯でも誘うわ」
 香月はそう言うと、後部座席のドアを開けた。それを見て克彦が苦く笑う。
「点数稼ぎか」
「当たり前じゃない。克彦だってよくやるでしょ?」
 香月がそう言って微笑むと、車から降りる。すると克彦は、じゃあな、と香月に言ってから、エンジンをかけ、ゆっくりと車を発進させた。
「え? 香月さんて……」
「私と別れる前から少し気になってたみたいだが、向こうで……それこそ同性のカップルを見て確信したのかもしれないな。こっちに戻ってきてすぐ呼び出されて、『克彦に会っても何も思わない、やっぱり直が好きなんだ、わたし』って一方的に言われてな」
 克彦がそう言いながらくつくつと笑い出す。ひとしきり笑ってから、克彦は言葉を繋いだ。
「それから水谷の話をしながら酔いつぶれたアイツをホテルに運んで部屋に放り込んだ途端、盛大に吐かれてな……急遽クリーニングを頼んだせいでいつまでも帰れなくて……今思い出しても最悪な夜だった」
「そうだったんだ……」
「しかも戻ったら匠がダイニングで寝てしまってて……私を待っていたとすぐに分かったよ。ほんとに愛しいと思った」
 克彦の言葉を聞いて、匠は胸が苦しくなる。寝顔を見て愛しいと思ってもらえたことが嬉しい。
「……早く帰ろう、克彦」
「どうした? 急に」
 隣で克彦が笑う。匠はそんな克彦の横顔を見つめ、口を開いた。
「なんか、今すごく克彦に触りたいなって思って……」
 匠が言うと、克彦の左手がこちらに伸びてきた。そのまま匠の右手を包み込む。
「もう隠したりはしないんだろ? どこでだって触りたいだけ、触ればいい」
 克彦の言葉に匠は頷き、そっと克彦の手を握り返した。
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