うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)2

藤吉めぐみ

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 家に着くとやはりずっと緊張していたらしく、匠は大きく息を吐いてソファに沈み込んだ。もう二度と克彦を悲しませないと誓って、相応の準備をして伊賀に会いに行ったが、それでも無事にここへ帰って来れる自信はなく、こうして家に帰ってきてようやく安心した、というのが本心だった。
「克彦、夕飯どうしようか? 遅くなっちゃったね」
 リビングのドアを閉め、こちらに向かう克彦を見上げる。すると、隣に座った克彦は、そのまま匠を抱きしめた。
「克彦?」
「ずっと、気を遣わせて、我慢させてしまってすまない」
 克彦が耳元で辛そうな声で囁く。匠はそれに優しく笑んで、大丈夫、と答えた。それでも克彦の腕は匠の体を離そうとはしない。
「私は匠の優しさに甘えていた。私の建築家としての顔を守ろうとしてくれていたことが匠の心を傷つけていたことに気付いていたのに」
「そんなの……俺がそうしたかっただけだから……」
「それでも匠が傷ついていたことには変わらないから」
 克彦はそう言うと、匠を離し立ち上がった。それからダイニングテーブルに置かれていた小さな紙袋を手に取った。それには見覚えがある。
「缶ビールに紛れてこれが入っているのを見つけた時は、胸が締め付けられたよ。匠は私としたいと思ってくれていたんだと思って……」
 その紙袋の中身はコンドームだ。克彦と甘い時間を過ごしたくて、でも直接言うのは恥ずかしくてメッセージ代わりに一緒に買ったものだった。
「昨日は本当に辛い思いをさせたね。もし、匠の気持ちが変わってなければ、これを使ってもいいだろうか?」
 再びソファに戻って来た克彦が匠を見つめる。そんな克彦の手にある紙袋を匠は取り上げて、中を取り出した。
「コレ、全部なくなるくらい、して」
 匠がまっすぐに克彦を見つめ言うと、克彦が優しく微笑んだ。
「匠が許してくれるなら、いくらでも」
 克彦がそう言って匠にキスをする。それから匠の体を抱え上げ、克彦の部屋へと歩き出した。

 優しくベッドに下ろされ、自分のシャツのボタンを外す克彦を見上げながら、匠はいつもよりうるさく鳴っている心臓の鼓動に戸惑っていた。克彦に抱かれることも最近は日常になってきて、もちろん心地良さや興奮も得られるが、どちらかといえば安心感や安らぎといった感情が優先していた。その肌の温かさに包まれ、愛されている、一人じゃない、と確認することで、毎日幸せに過ごしていくための時間になっていた。
 なのに今日はなんだか違う。まだ直接触れられてもいないのに、股間が熱い。心臓だっていつもよりもドキドキとうるさい。
「匠、今日は自分で脱ぐって言わないんだな」
 いつまでもぼんやりと克彦を見上げていたからだろう。そんなことを言われ、匠は慌てて上半身を起こした。克彦がそれを見てベッドに膝をついた。
「今日は私が脱がしてもいいってことか?」
 ボタンの開いたシャツの奥に克彦の裸の胸が見える。思わずそれに見惚れていると、克彦の手が匠の服の裾にかかった。
「あ、じ、自分で……」
「いいから、このまま腕伸ばしてごらん」
 克彦の優しい笑みに、匠はドキドキしたまま言われた通りにする。するりと服を脱がされ素肌を晒すと、なんだかいつもより恥ずかしかった。
「……なんでかな……すごいドキドキする……」
 匠が素直に言うと、匠の服をベッドの下に落とした克彦がそっと近づいてキスをする。
「それはきっと、私の興奮が伝わってるんだろう。私が、今日はいつもより、匠を抱きたいと思ってるから」
 そう言われて克彦を見上げると、確かにいつもよりこちらを見つめる眼差しが熱い。怜悧な表情に匠は惹かれるようにこちらからキスをした。かちゃりと眼鏡の音がして、匠はキスをしながら両手で克彦の眼鏡を上にずらした。ベッドの下に落ちた音がしたが気にせずキスをしながら、ベッドの上に重なる。ゆっくりと克彦が体を離すと、目が合った。眼鏡のないその顔は男らしくて鼓動が跳ねる。
「……好き、克彦」
「私も愛してるよ」
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