今日も一緒に

藤吉めぐみ

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『今もしかしてスマホ触ってた? 湊くん』
 耳元に響くのは神崎の声だった。湊はそれに、はい、と答える。
 なんとなく今日は『井波くんデー』と決めていたので神崎のことは考えないようにしていたのだが、電話を取ってしまったのだから仕方ない。
『どこか出掛けてる?』
「はい。友達といて……」
 だからまた後で、と言うつもりだった。けれどすぐに神崎が、じゃあ、と言葉を被せる。
『この雨で困ってるんじゃない? 僕、車あるから迎えに行けるよ』
「迎え、ですか……」
 この雨がいつ止むか分からない。もしかしたら聡祐にはこれから予定があるかもしれないし、帰れるのなら早く帰りたいかもしれない。
 聡祐は休日も課題をやっていたし、空いた時間で彼女に会いたいかもしれない。
『もちろん一緒にいる友達も送ってあげるよ。その後僕と食事でもしない?』
「食事、ですか……」
 多分、それが今一番いい選択なのだろう。雨に濡れることもなく聡祐を家に帰してあげられて残りの休日を彼の好きなように使う事が出来て、自分だって望みのない恋から離れて神崎のことを知る時間を作れば、気持ちも少しは動くかもしれない。
 耳元で、どうかな? と問う声に、分かりました、と言おうとした、その時だった。
「野島、お待たせ。お茶、どっちがいい?」
 湊の隣に腰を下ろした聡祐がこちらに二本のペットボトルを差し出す。
 湊が電話をしていることに気づいていないのかと思い、聡祐を見やると、その視線はしっかりとこちらに注がれていた。分かっていて声をかけているようだ。
「井波くん、おれ……」
 電話中だと言おうとするけれど、聡祐は笑顔を向けるだけで、更に言葉を繋ぐ。
「雨上がったら、飯に行こう。この間、いい店教えてもらって」
 野島誘いたかったんだ、と聡祐が笑う。
 そんなことを言われてしまっては、ここで聡祐と別れるなんて出来なかった。
 聡祐に指名されて嬉しくないわけがない。
 湊は聡祐の言葉に頷いてから電話の向こうへと、すみません、と口を開いた。
『……井波くんと居るんだね、湊くん』
「はい、聞こえてました、か?」
『うん、ほとんどね。湊くんは、彼と食事に行くの? 誘ったのは僕が先だよね』
「……です、けど……今一緒にいるのは井波くん、なので……すみません」
 まだ今日は終わっていない。美術館を出た後も湊と一緒にいたいと聡祐が思ってくれているのなら、デートごっこは終わりじゃない。まだ夢の中にいていいというなら、ギリギリまで浸っていたいのだ。
 湊が答えると、電話の向こうからため息が聞こえた。残念と思っているのか、もしくは呆れているのかもしれない。
『……わかった。また今度ね』
 それでも神崎はいつものように優しい声でそれだけ言うと、電話を切った。湊もゆっくりとスマホを下ろし、聡祐に視線を向けた。
「今の、例の先輩だろ? 休みの日までって、少ししつこくない?」
「あ、いや……電話は滅多に来ないんだけど……悪い人じゃないんだ」
 少し眉を寄せた聡祐に、湊は笑顔を向けて言葉を返した。悪い人じゃない、それは本当だ。湊が聡祐に気持ちを向けていることを知ったうえで、それでも自分に好きだと言ってくれる優しい人なのだ。
「そっか。でも、俺との時間を優先してくれて嬉しいよ」
 その言葉に、どきりと大きく心臓が跳ねた。言葉まで優しくてイケメンだなんて、益々好きになってしまう。湊は聡祐の顔を見ることができなくて、俯いたまま頷いた。
 勘違いしてはいけない。これだってきっと友達としての気遣いだ。
 湊は小さく息を吐いてから、ふと窓に視線を向けた。まだ雨は激しく降っている。この雨が降っている間だけは、聡祐は湊の隣に居てくれる。動けないのだから仕方ないと分かってはいるけれど、すぐそこに聡祐の存在を感じているだけで、湊は嬉しかった。
「……雨、止まなきゃいいな……」
 湊が思わずぽつりと呟いてしまった。聡祐が、え? と聞き返すが、湊はそれに首を振った。
「早く雨上がるといいねって」
「うん、そうだな」
 窓の外を見つめる聡祐の横顔はいつもよりも整っているような気がして、湊はただそれを見つめていた。
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