【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

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 確かに言い争いはしたし、その仕返しのようなこともされた。けれど、こんなふうになったのはそれだけではない。
 きっと、壱月自身の限界も迎えていたのだろうと思う。楽の恋愛を傍で見ながら、その想いを隠して生活することは、気づかない内に心に負担を掛けていたのだろう。
「ケンカ、とかじゃないんだ。元々さ、僕と楽じゃ色々違い過ぎたんだ。価値観とか、そういうの。三年目でひずみが出てきたのかな」
 価値観も金銭感覚も遊びの範囲も生活習慣もまるで違う。それでもお互いに譲り合って理解し合ってその隙間を埋めるルールを作って生活してきた。それが出来たのは、互いに大切な想いを持っているからだと思っていた。壱月は、恋心を、楽は唯一の親友という友情を、大事にしたいから歩み寄れた。
 けれど今の楽にもうその気持ちがないのなら、壱月にとってあの部屋はただの箱だ。
 冷たく辛いだけの檻の様な箱に居たいとは思えない。
「壱月くんはそう感じるのかもだけど、楽にとって、壱月くんは必要な人なんじゃないかな?」
「まさか。楽が僕を必要なんて……」
 確かに初めは必要だったのかもしれない。コーヒーを淹れてくれる人、部屋の掃除をしてくれる人、食事の用意をしてくれる人……そんな意味でもいいから必要とされたかったと自分でも思っていたし、楽にとってそういう意味で必要だったかもしれない。
 けれど今はそのどれもしていなくて、でも楽は毎日ちゃんと生活している。自分なんか必要ではない。
「ねえ、今、家事やってるからかな? くらいに思ってたでしょ」
 由梨乃が持っていたスプーンをこちらに向け、少し怒った表情をする。
「……実際そうでしょ」
 少し自棄になっている壱月が乱暴に答えると、スプーンを下ろした由梨乃が大きなため息を吐いた。
「私、前に言ったよね? デート中に友達の話ばかりする人初めてだったって。それだけじゃないよ、楽と付き合ったことのある子はみんな壱月くんを知ってる。それだけ、楽が壱月くんの話をするから……でも、誰も壱月くんのところに抗議に来たりしないでしょ? それだけ、楽が壱月くんのこと、楽しそうに話すからなんだよ。みんな、壱月くんは楽の特別なんだって気づくの」
 言われてみれば、同居とはいえ楽と暮している自分のところに、一人も文句を言いに来なかったのは確かに不思議だ。一人くらい、部屋を出ていって、と言ってきてもいいものだ。由梨乃に聞かされて、改めてその事実に気づく。
「楽って、他人にあんまり興味ないけど、壱月くんのことだけは覚えてたんだよ。前に壱月が気に入ったって言ってたからってケーキ買って帰ったりしてた。貰った覚え、あるでしょ?」
 確かに、壱月好きだったろ、とケーキや飲み物を買ってきてくれたことは数えきれないほどある。他の人にもそうしているのだと思っていたから、貰った時は自分にまで気を遣わなくてもいいのに、としか思っていなかったが、そうだと知ると、驚きと同時に嬉しさがこみ上げてきた。
「ね? 楽にとって壱月くんは特別なんだよ。壱月くんのことだけだよ、あんなに色々覚えてるの。私なんて何度も伝えたのに誕生日すら覚えててくれなかったの」
 ずるいと思った、と由梨乃が笑う。
 そういえば、以前、楽に誕生日を祝ってもらったことがある。

「ほら、出来た! 見て見て、壱月! 楽特製、サニーサイドアップ」
 まだ二人がこんな風になるなんて思っていなかった頃のある朝、楽が部屋に飛び込んできて、着替え途中の壱月に白い皿を差し出した。皿には、なんてことない目玉焼きが乗っていた。縁が少し焦げているが、半熟の黄身としっかり火の通った白身の具合は、壱月の好みの焼き加減だ。
「すごいね、楽! この焼き加減、難しいんだよ」
 そう言って壱月が笑むと、エプロン姿の楽は満面の笑みになる。
「夕飯も任せろよ。その代わり、早く帰って来いな」
 俺も今日は午後休んで帰ってくるから、と変な気合いを見せる楽に、壱月は笑う。
「どうしたの? 急に。料理に目覚めた?」
「やれば結構たのしいよ。でも、今日は特別だな」
 楽が言う。けれどその意味が壱月には分からなくて首を傾げると、来いよ、と楽に手を引かれた。連れてこられたのは、リビングの壁に掛けられたカレンダーの前だ。
「何?」
「今日、何の日?」
 丸印の付けられた日付に、壱月は思わず、あ、と声を漏らした。楽を見上げると、その笑顔が頷く。
「二十歳おめでとう、壱月」
「あり……がと……」
 自分の誕生日を知っていてくれたこと、それを祝ってくれたことが本当に嬉しかった。
その日の夕飯はカレーライスとサラダというおよそご馳走とは言いにくいものだったけれど、壱月は本当に幸せだった。

 甘い過去を思い出してしまい、壱月は気持ちを切り替えるように、付き合い長いから、と返した。
「でもきっと、それだけじゃないよ」
 由梨乃がそう言って微笑む。壱月はその笑みに頷きだけ返して、結局手が付けられなかったサンドイッチを見つめていた。
 笑顔の由梨乃に、もう戻れないんだよ、とは言えなかった。
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