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【楽視点】きみを好きだと気づくまで2
しおりを挟む壱月は楽の傍にはいないタイプの人間だった。
真面目で地味で暗いのかと思いきや、そんなことはなく、自分の意見をはっきりと言うし、お人好しなところはそのままだが、優しく明るい。
近づいてみて初めて知った。知るたびに、楽の心の中に新しい色が落とされたような、そんな気持ちになってワクワクした。
「壱月ー、ここ分かんない」
「え? どこ?」
放課後の第二美術室。以前は女の子と二人で使っていたそこを今は壱月と二人で使っている。しかも、無断ではなくちゃんと担任の美術教師に断って、だ。
『宮村、お前受験する気になってくれたのか』と担任が少し涙ぐんだのはなんだか少し可笑しかったが、壱月と二人でする受験勉強は楽にとって新鮮でたのしかった。
「先にこっちの計算してから、この公式使えば解けると思うけど……やってみて」
「……世の中から数学なんか滅んでしまえばいいのに」
何度計算しても答えにたどり着かないことにため息を吐いた楽に、壱月が笑いかける。
「そう言わずに。あ、少し休憩しようか」
壱月は思い出したように傍に置いてあったカバンを漁った。出てきたのは魔法瓶だ。
「朝淹れたやつだから少し温いかもしれないけど」
そう言って壱月は魔法瓶の蓋にコーヒーを注いだ。それをそのまま楽に差し出す。
「ありがと、壱月!」
以前、コーヒーが好きだと伝えたことを壱月は覚えていてくれた。それだけでも嬉しいのに、自分を思ってこうして持参してくれたことが嬉しかった。
もちろん、今までたくさんの人からモノを貰ったり何かしてもらったりしてきた。けれど、そこに一緒に付いてくるのは見返りの要求だ。ここまでしたのだから付き合って欲しいとか、自分だけにして欲しいとか、好きになって欲しいとか――その気持ちが分からなくはないが、やっぱり切なかった。
だからこうして掛け値なくさしだされる気持ちが本当に嬉しかったのだ。壱月は、もちろん楽に合格してもらって家賃半分払ってもらうためだよ、なんて笑っていたが、その言葉すら壱月の為だけのものではない。ルームシェアを持ちかけたのは楽の方だ。家賃を半分出して貰うのはこちらの方なのだ。
「このくらいしか、僕には出来ないけど……頑張って」
微笑む壱月の顔を見ていると、楽の胸の奥はふんわりと温かくなる。他の人には感じないこの気持ちは何か分からないけれど、ただ心地いいことは分かる。体を繋ぐ時に感じるそれとは違う、穏やかででも強い光のようなもの。楽はそれを感じている時がたまらなく幸せだと感じていた。
だからこそ、壱月の傍に居たい。
「うん。壱月と一緒に暮すために頑張るよ」
楽が言うと、壱月が急に頬を赤らめて俯いた。楽はそれに首を傾げる。
「壱月?」
「う、ううん。何でもない。じゃあもう少し勉強に時間割けるといいね」
放課後の壱月との勉強会は週に三日だった。他の日は、付き合って、と言われた女の子たちに予定を入れられてしまっている。
「時間かあ……うん、調整してみる。そうしたら、土日どっちか勉強みてくれる?」
たくさんの子と付き合っているから時間がないのだ。手っ取り早く、いつも土曜日の予定を埋めて来る子と別れたらそのまま壱月との時間に出来るだろう。
そう考えて楽が言うと、初めは、土日? と驚いていた壱月だったが、そうだね、と頷いた。
「図書館とかファストフードとか場所はあるしね……いいよ」
「壱月ん家は?」
「……うちは……僕の心臓がもたないから、無理……」
「心臓?」
「ううん、なんでもない。とにかく、時間作れるなら、僕は付き合うよ」
壱月が、頑張って、と微笑む。楽はそれに頷いた。
初めはあの家から逃げ出したくて、出された条件をクリアするために都合のいい相手と思って壱月に声を掛けた。けれどいつの間にか壱月と一緒に居たいと思うようになって、卒業で関係が終わるのが嫌でルームシェアを持ちかけた。一人で自由に暮らしたかったはずなのに、気づいたら誘っていたのだ。そして、いいよ、と言われ、とても嬉しかった。
今まで楽には友達らしい友達は居なかったから、壱月は言ってみれば初めての友達だ。だからこんなに大事なのかもしれない。だからこんなに離れたくないのかもしれない。
きっとそう……これが友情ってやつなんだろう――
楽は壱月のキレイな横顔を見つめながらそんなことを思っていた。
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