【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

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【楽視点】きみを好きだと気付くまで4

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『やりたくない』
 そう言った時の壱月の顔が忘れられなかった。傷ついたような、泣き出してしまいそうな見たこともない表情で、すぐに最悪な言葉を投げたのだとわかった。
 けれど、ノリでしたくなかったのだ。
 相手が壱月なら、大事にしたい。壱月が一番心を開いてくれるシチュエーションで、一番気持ちよくなれる手順で抱きたい。
「また……言葉足りなかった……」
 『今』『こんな状況で』やりたくない。
 壱月とやりたくないわけじゃない。
 そう伝えるには言葉が足りなかった。壱月は今頃泣いているだろうか――そう思うと、楽のため息は自然と漏れる。
 一番泣かせたくない、笑顔で居て欲しい人を自分はいつも傷つけている。
 それが辛かった。

 翌日、当然のように壱月は家に居なかった。もう何もかも嫌になっていたが、大学には行かなくてはいけない。
ため息を吐きながら大学内を歩いていると、宮村、と声が掛かる。顔を上げ、辺りを見渡すと前から、手を振って近づく男が見えた。
「……誰?」
 昨日のことで落ち込んでいた楽はいつも以上に不機嫌なまま答えた。お陰で今日は女の子も声を掛けてこない。けれどそんなものに怖じ気づくことなく男は笑顔のまま楽の前に対峙した。
「高校の時同じクラスだったんだけど覚えてないかな?」
 そう言いながらスーツを着た男が名刺を差し出す。楽はそれを受け取って視線を落とした。
「……及川? 悪い、記憶にない」
「まあ宮村は派手でオレは地味だったから」
 にこにこと笑う及川に、楽は表情を硬くしたまま口を開いた。
「それで、何か用?」
「用っていうか……澤下壱月、分かるよね? 最近会ってさ……部屋出るなんて話してたから、宮村の話も聞こうかなって思って」
「壱月の……?」
 知らない男の口から意外な名前が出て、楽は驚いて及川を見やった。その顔が笑顔のまま頷く。
「壱月が部屋出てくって言ってたのか? それって、いつの話だ? てか、そもそもどうしてそんな話になってる?」
 楽が矢継ぎ早に聞くと、及川は、まあまあ、と手のひらをこちらに向けた。
「ちゃんと話すから。でも今、仕事抜けてきてるから、夜時間くれない? 部屋に行くよ」
 名刺の連絡先に電話して、と言うと及川は、じゃあね、と踵を返した。
 及川の背中を見ながら、楽は壱月のことを思い出した。今頃どうしているだろう。午前中は楽も落ち込んでいたので出かけられなかった。午後になってようやく来たが、教室に壱月はいなかった。自分を避けているのかもしれないと思うとため息も出ないほど気持ちは沈み込んでいく。
 こんなになにもかも上手くいかないことは初めてで、楽はどうしたらいいのか分からなかった。
 今はただ、壱月と話したかった。

 バイトを終えて帰ってから及川に連絡すると、及川は住所を聞いて部屋まで来た。どこかで落ち合おうと言ったのだが、部屋が見たいからと言ってきかなかったので、面倒で部屋に通した。
 けれど、自室に通すような仲でもないので、楽は仕方なくリビングに通した。
 そうしてから、以前壱月もリビングに女の子を通していたことを思い出す。あれは壱月の客ではなくて楽に用事があると言っていた子だ。確かにここに通すしかないか、と思い、あの時も子供っぽい仕返しのようなことをしてしまったと過去の自分を反省した。壱月を追い込んで、傷つけた。
 楽の胸が罪悪感でぎりりと痛む。
「へえ、広いな。いい部屋だな」
「まあ……それより壱月のこと……」
 ソファに座った及川に楽が立ったまま聞く。及川はそんな楽に笑いかけて、座ったら? と促す。楽は仕方なく床に座り込んだ。
「壱月なら今ホテル取ってそこに居るよ。少し宮村と距離取ったらってアドバイスしたんだ……結構悩んでたから」
「悩んで……?」
 そんな素振りはなかった。確かにこちらから距離を置いた時期もあったが、それは壱月が女の子を家に入れていたことに腹が立っていたからで、あの後反省もした。壱月と顔を合わせなくてもコーヒーも淹れてくれていたから、壱月はいつも通りなのだと思っていた。
「まあ、壱月と宮村じゃ色々価値観とか違うだろうし……それよりこんな広い部屋、壱月が出ていったらどうするの?」
 及川が部屋を見渡し、そう聞いた。
 どうするもこうするも、壱月を出ていかせる気はない。壱月と一緒に居る。そのための部屋なのだ。
「出ていかせない」
「例えばの話……それでも壱月が出ていきたいって泣いて頼んだら? その時は、壱月の使ってた部屋、オレに貸さない?」
「壱月が、出ていきたいってホントに思ってるなら……」
 自分といて、毎日泣くようなら出ていっても仕方ない。壱月が笑っていてくれるなら、離れることも考える。ただ、空いたその空間に入る人は、壱月以外なら誰だって一緒だ。誰が居ても自分には関係ない。
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