うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

藤吉めぐみ

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初めての、夜。★2

 そんな可愛らしく真面目で一生懸命な匠が、少し異様な恋愛をしていると気付いたのは匠が入社して二か月を過ぎた頃だった。
 生意気にも同棲をしていると言っていた彼の手首や首筋に痣を見つけ、一度見つけてしまうと気になってつい見てしまっていた。すると、消えかけた痣が翌日には更に濃くなっていて、克彦はそれがなんだか心配だった。
 それが匠の性嗜好だというならいいのだが、無理やりなものだとしたら放っておけない。
 というより、他の誰かが匠にそんなことをしているということが、克彦には腹立たしかった。自分のものではないのだから、そんなことを思う権利もないのだが、もし匠が自分のものになるのなら、体に傷などつけさせないし、誰よりも幸せにしてあげたい。
 そう思っていた、ある日の夜だった。
 今日は少し遅くまで残業してもいいですか、と聞いてきた匠に克彦は頷き、一緒に事務所に残っていたその時だった。
 突然ドアを開けて事務所に乗り込んできたのは、匠の恋人だった。
 二人の様子を見守るつもりでいたのだが、その内容が聞くに堪えないもので、結局克彦は二人の間に割って入ってしまった。
 こんな男と暮していたのか、こんな男にそのキレイな体をいいようにさせ傷を作っていたのか、こんな男のために我慢を続けていたのか、こんな男のために泣いていたのか――
 そう思うと、克彦の中の何かがぷつん、と切れて、大事に隠してしまっていた感情が溢れ出した。
 この子を……匠を自分のものにしたい。こんな男に奪われたたくさんのものを取り返すように、目いっぱい甘やかして目いっぱい笑顔にして、目いっぱい幸せにしてあげたい。
「……仕事の締め切りまで時間はある。今日はもう、上がろうか」
 そんな言葉で、克彦は匠を誘い込んだ。


「哲とは高校の同級生で……一年前に再会してすぐ付き合い始めたんです。初めは普通の付き合いでした。でも……いつの間にか……。俺がワガママばかり言うからだと思うんですけど」
 匠が三杯目のハイボールを口にしながら、滔々と話し出したのは、もう午前二時を過ぎていた頃だった。入ったバーのカウンターには、自分たちしかおらず、匠も話しやすくなっていたのだろう。ただ、恋人との関係を話す匠の姿は少し痛々しかった。
「結局俺が悪いんです。我慢できないから、言うことを聞けないから……ワガママだから……」
 すとん、と電池が切れるように目の前のカウンターに突っ伏してしまった匠に、克彦はため息を吐きながら匠の髪を撫でた。
「……あんな風に痛めつけられて、我慢できる方が異常なんだよ、辻本」
 少しも悪くない。こんなふうに潰れて泣く必要などない。匠の酔いつぶれた姿を見て、克彦は胸の奥が熱くなった。
 こんなのはダメだ。弱っているところに付けこむなんて、ずるいやり方だと分かっている。
 それでも、今、彼を手に入れたい。
 克彦は眠ってしまった匠の頬に優しく触れてから、そっと体を抱きあげた。


 近場のホテルへ匠を運んだ克彦は、ベッドで未だ眠ったままの匠を傍で見下ろしていた。
 眠ると余計に幼く見えるその顔は、本当に可愛らしい。ここまで運んでも特に疲労感を感じなかったほど軽い体は華奢で、こんな体で暴力を受け流していたのだと思うと、また克彦の腹の中は熱くなる。
 匠の顔に指を伸ばし、その前髪をさらりと流すと、眉が動いて、ゆっくりとその目が開いた。
「……しゅ、にん……?」
 こちらを見上げ、ぼんやりとしたまま呟く。そんな匠に克彦はそっと近づいた。
「……もう全部忘れて、私のものになってしまいなさい」
「……主任の、もの……?」
 聞き返す匠にキスをする。驚いた匠を置き去りに、強引に唇を開かせ、舌を絡める。丁寧に口の中を舐め回し、舌を吸い上げてから唇を離すと、そこにはとろりと蕩けそうな表情の匠がいた。克彦の中で何か凶暴なものが顔を出す。
「辻本……いや、匠……私に君の全部をくれないか。君を愛してるんだ」
「全部……?」
 克彦の告白を聞いた匠は変わらずぼんやりとした顔をして聞き返す。それからしばらく考えて、そして頷いた。
「あげます。主任にならなんでもあげます」
 ふふふ、と笑う匠はまだ酔っているのだろうと分かる。それでも、克彦がここで止めることはできなかった。
 匠を手に入れられる。自分が幸せにしてあげられる。
 そう思えば、少しの卑怯にも目をつぶれる自分がいた。
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