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「え……ホントに心配して、くれてる?」
「こんなところで一人でクダ巻いてたら心配するでしょ、普通。もうすぐ電車なくなる時間だから、そろそろ切り上げて帰った方がいいよ」
男は立ち上がるとリュックを背負いなおし、じゃあね、と歩き出した。朱莉が咄嗟に彼の上着の裾を掴む。
それに引かれ立ち止まった男は驚いた顔をしていた。けれど朱莉は下心なく心配されたことが嬉しくて、もう少しこの人と居たいと思ってしまった。
こんなふうに優しさだけで声をかけられるなんて初めてだ。大抵さっきの男みたいに、その先を期待して朱莉に優しくするのに、それを期待せずに立ち去ろうとした彼に興味が湧いたのだ。
「具合悪い? 少し様子見ようか?」
男は、朱莉が気分が悪くて引き止めたと思ったらしい。優しい声で聞きながら、朱莉の隣に腰を下ろす。
横顔もすっと通った鼻筋が印象的だ。そんな横顔がこちらを向いて微笑んだ。
「僕は、東條秋生と言います。君は?」
「……朱莉」
「朱莉くんか。寒くない? そろそろ冷えてきたね」
時間はそろそろ日付が変わる頃だ。確かにスーツだけでは肌寒くなっている。時折吹くビル風が冷たかった。
秋生はリュックをおろすと、中から今度は小さく折りたたまれたマウンテンパーカーを取り出した。それを広げ、朱莉の肩に掛ける。風をふせぐそれは、とても暖かかったけれど、秋生のリュックから次々とものが出てくるのがおかしくて、朱莉がくすくすと笑いだした。
「そのリュック、四次元ポケットみたい」
「よく言われるよ。でも、色々持っていた方が、誰かを助けられるかもしれないからね」
自分の為に持っているわけではないのかと思うと、この人は本当に優しい人なのだと分かった。だから、こうして酔って投げやりになっている朱莉が放っておけないのだろう。
「優しいね……ぼくも、そういう優しい人になりたかったなあ……」
本当は優越感なんかのために仕事をしたくはない。女性社員に人気があるからという理由で好きでもない人とデートしたくないし、声を掛けてくれた人に暴言だって吐きたくない。
好きな人に優しくありたいし、優しくされたい。そういう平和な場所で生きたい。
「なりたかった、なんて……これからでも、優しくなれるよ。君がそう願うなら、いつだって」
秋生が優しく微笑む。その笑顔を見ていたら、なんだか毎日気を張って生きているのがバカらしくなって、朱莉は少し笑ってから、あのね、と口を開いた。
「ぼく、人工子宮があるんだ。めちゃくちゃ痛かったし、術後も辛くて、毎日の薬も面倒で、でも婚約者が子どもを望んだから頑張ろうって思ってたんだけど……その人に女性と浮気されて捨てられて。ぼく、そこから女の人が憎いんだよね。でも、公にそんなこと言えないから、『ぼくの方がモテるし、お前らが羨む幸せを掴んでやるんだから』って気持ちで毎日過ごしてて……でもさ、今日デートした人に言われたんだ『君じゃたたない』って。結局みんな女がいいのかよって思ったら、何もしなくても選ばれる女も、それを選ぶ男も全部憎くて、誰にも優しくなんてできない」
絶対無理、と朱莉がため息を吐くと、それでいいよ、と秋生が静かに口を開いた。
「別に僕も、優しくしたいとは思ってないんだよ。ただ、自分が放っておいて後悔したくないだけなんだ。あの時助けてたら良かったって、僕が思いたくないから勝手に手を貸してるだけ。迷惑だって言われたこともあるよ」
「迷惑だなんて……ぼくは、今、秋生さんに助けてもらえて嬉しいです」
朱莉は秋生を見上げて真剣に今の気持ちを伝えた。何の見返りも求めずこうして貴重な時間を朱莉に使ってくれていることが何より嬉しい。
「それなら良かった」
「秋生さん、優しいからモテるでしょう? ぼくも、優しい人と恋がしたかったな」
「僕はいつも『いい人』止まりで、恋愛なんてほとんどしてないんだよ」
「確かに、秋生さん、いい人過ぎる」
朱莉の言葉に、そうかな、と微笑む秋生の笑顔を見ていると、なんだか心地よくて、朱莉は自分の欲するがままに、体を秋生の肩に預けた。やっぱり少し飲みすぎたのだろうか、頭がぼんやりとする。
「朱莉くん? 具合悪くなった?」
秋生は肩に腕を廻し、朱莉の体を支えてくれているようだがまだ体がぐらぐらするような気がする。いや、体ではなく頭なのかもしれない。
「大丈夫、もう……」
自分の思っていることを話せた不思議な達成感と、秋生がそれを聞いてくれたという安心感からか、急に体が重くなったような気がした。大丈夫だ、もう帰るから、と言いたいのに唇が上手く動かない。
ちゃんと話さなきゃと思っているうちに、朱莉の視界は暗くなり、そのまま深い谷に落ちていくような感覚に支配されていった。
「こんなところで一人でクダ巻いてたら心配するでしょ、普通。もうすぐ電車なくなる時間だから、そろそろ切り上げて帰った方がいいよ」
男は立ち上がるとリュックを背負いなおし、じゃあね、と歩き出した。朱莉が咄嗟に彼の上着の裾を掴む。
それに引かれ立ち止まった男は驚いた顔をしていた。けれど朱莉は下心なく心配されたことが嬉しくて、もう少しこの人と居たいと思ってしまった。
こんなふうに優しさだけで声をかけられるなんて初めてだ。大抵さっきの男みたいに、その先を期待して朱莉に優しくするのに、それを期待せずに立ち去ろうとした彼に興味が湧いたのだ。
「具合悪い? 少し様子見ようか?」
男は、朱莉が気分が悪くて引き止めたと思ったらしい。優しい声で聞きながら、朱莉の隣に腰を下ろす。
横顔もすっと通った鼻筋が印象的だ。そんな横顔がこちらを向いて微笑んだ。
「僕は、東條秋生と言います。君は?」
「……朱莉」
「朱莉くんか。寒くない? そろそろ冷えてきたね」
時間はそろそろ日付が変わる頃だ。確かにスーツだけでは肌寒くなっている。時折吹くビル風が冷たかった。
秋生はリュックをおろすと、中から今度は小さく折りたたまれたマウンテンパーカーを取り出した。それを広げ、朱莉の肩に掛ける。風をふせぐそれは、とても暖かかったけれど、秋生のリュックから次々とものが出てくるのがおかしくて、朱莉がくすくすと笑いだした。
「そのリュック、四次元ポケットみたい」
「よく言われるよ。でも、色々持っていた方が、誰かを助けられるかもしれないからね」
自分の為に持っているわけではないのかと思うと、この人は本当に優しい人なのだと分かった。だから、こうして酔って投げやりになっている朱莉が放っておけないのだろう。
「優しいね……ぼくも、そういう優しい人になりたかったなあ……」
本当は優越感なんかのために仕事をしたくはない。女性社員に人気があるからという理由で好きでもない人とデートしたくないし、声を掛けてくれた人に暴言だって吐きたくない。
好きな人に優しくありたいし、優しくされたい。そういう平和な場所で生きたい。
「なりたかった、なんて……これからでも、優しくなれるよ。君がそう願うなら、いつだって」
秋生が優しく微笑む。その笑顔を見ていたら、なんだか毎日気を張って生きているのがバカらしくなって、朱莉は少し笑ってから、あのね、と口を開いた。
「ぼく、人工子宮があるんだ。めちゃくちゃ痛かったし、術後も辛くて、毎日の薬も面倒で、でも婚約者が子どもを望んだから頑張ろうって思ってたんだけど……その人に女性と浮気されて捨てられて。ぼく、そこから女の人が憎いんだよね。でも、公にそんなこと言えないから、『ぼくの方がモテるし、お前らが羨む幸せを掴んでやるんだから』って気持ちで毎日過ごしてて……でもさ、今日デートした人に言われたんだ『君じゃたたない』って。結局みんな女がいいのかよって思ったら、何もしなくても選ばれる女も、それを選ぶ男も全部憎くて、誰にも優しくなんてできない」
絶対無理、と朱莉がため息を吐くと、それでいいよ、と秋生が静かに口を開いた。
「別に僕も、優しくしたいとは思ってないんだよ。ただ、自分が放っておいて後悔したくないだけなんだ。あの時助けてたら良かったって、僕が思いたくないから勝手に手を貸してるだけ。迷惑だって言われたこともあるよ」
「迷惑だなんて……ぼくは、今、秋生さんに助けてもらえて嬉しいです」
朱莉は秋生を見上げて真剣に今の気持ちを伝えた。何の見返りも求めずこうして貴重な時間を朱莉に使ってくれていることが何より嬉しい。
「それなら良かった」
「秋生さん、優しいからモテるでしょう? ぼくも、優しい人と恋がしたかったな」
「僕はいつも『いい人』止まりで、恋愛なんてほとんどしてないんだよ」
「確かに、秋生さん、いい人過ぎる」
朱莉の言葉に、そうかな、と微笑む秋生の笑顔を見ていると、なんだか心地よくて、朱莉は自分の欲するがままに、体を秋生の肩に預けた。やっぱり少し飲みすぎたのだろうか、頭がぼんやりとする。
「朱莉くん? 具合悪くなった?」
秋生は肩に腕を廻し、朱莉の体を支えてくれているようだがまだ体がぐらぐらするような気がする。いや、体ではなく頭なのかもしれない。
「大丈夫、もう……」
自分の思っていることを話せた不思議な達成感と、秋生がそれを聞いてくれたという安心感からか、急に体が重くなったような気がした。大丈夫だ、もう帰るから、と言いたいのに唇が上手く動かない。
ちゃんと話さなきゃと思っているうちに、朱莉の視界は暗くなり、そのまま深い谷に落ちていくような感覚に支配されていった。
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