9 / 55
4-2
しおりを挟む洋菓子に和菓子、せんべい、スナック菓子、酒のつまみになりそうな乾きもの。
コンビニで買えるお菓子を思いつく限り買ったら、大きめの袋二つ分になってしまった。
朱莉はそれを抱え、秋生のマンションの前まで来ていた。
仕事が終わった後だったのできっと在宅している時間だろうと思ったのだが、エントランスで呼び出してもなんの反応もなかったので、まだ帰宅していないらしい。けれどここで帰るのも違う気がして、朱莉はマンション前にある植え込みに腰かけ、足元に荷物をおろした。
「この中に好物があればいいけど……」
出会ったばかりの人なのだから、好みを知らなくて当然だ。けれど、秋生の好みを知らないことに、朱莉はなんだかもやもやしていた。初めて自分から誰かのことを知りたいと思っている。
朱莉はポケットからスマホを取り出して画面を開いた。秋生にここに来ていることをメールしようかとも思ったが、仕事でしか使わないアドレスに送ってもすぐ見てもらえるとは限らないし、それよりも本当に仕事中だとしたら逆に迷惑になってしまう。
朱莉はやっぱりやめておこうと思い、パズルゲームのアプリを開いた。あまりゲームをしない朱莉だが、こういう時間を潰すのにはちょうどいい。午後九時を過ぎて肌に当たる風はひんやりと冷たくなっていたが何かをしていればそれも感じなくて済む。
しばらくそのゲームに集中していたが、そのうち画面を滑らせる指が少しかじかんできてしまった。触れたスーツの上着もひんやりと冷たくなっている。そろそろ限界かと思って見やったスマホの画面には、午後十時と表示されていた。一時間近くここにいたことになる。
「さすがにそろそろ不審者かな……」
また日を改めるか、と立ち上がろうとした、その時だった。
「朱莉くん?」
そんな声か聞こえ、朱莉が顔を上げる。通りの向こうからこちらに駆け寄る影が見えた。
「あ、秋生さん」
「秋生さん、じゃないよ! いつから居たの? ちょっ、冷えてる!」
こちらに近づいた秋生はそうまくしたてながら朱莉の頬に触れた。自分が冷えているからなのか、秋生の指が熱く感じ、けれど同時に安心するような温かさに思えた。
「お礼をしたくて、ちょっと待ってました」
「お礼? それよりも、とりあえず入って。すぐ風呂入れるから温まって」
秋生は朱莉の足元にあった袋を片手で持ち上げると、もう一方で朱莉の手を掴み歩き出した。
「手も冷えてる。ホント、どのくらい居たの? てか、僕が今日夜勤だったらどうしてたの?」
「夜勤とかあるんですか。知らなかったです」
朱莉が返すと、秋生はため息を吐いてから少し困ったように笑った。
「ホント朱莉くんって行動力のかたまりっていうか……目が離せないよ」
秋生の言葉に朱莉の心臓が跳ねる。フットワークが軽すぎるとかもっと考えて行動しろとはよく言われるが、それを肯定的に捉えてくれた人は初めてだ。
秋生は部屋へと朱莉を連れて行くと、少し待ってて、とソファに座らせ、体の上にブランケットを掛ける。それからすぐに風呂場へと向かった。
確かに寒かったけれど、こんなに手厚くされるほど寒かったわけでもないし、体調も崩していない。少し大袈裟だな、と朱莉が小さく笑っていると、秋生がこちらに戻ってきた。
「今お湯を溜めてるところだけど、まずシャワーで温まるといい。タオルはこれを使っていいから」
秋生にタオルを手渡された朱莉は笑ったまま、そこまでしなくても、と眉を下げた。
「まだこのくらいじゃ風邪もひかないし、大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ。君は将来子どもを産むんでしょう? 人工子宮は色んなストレスに弱いんだよ。『冷え』なんて大敵だ」
いいから言うことを聞いて、と秋生が朱莉の手を取り立ち上がらせる。
この人は本当に朱莉の体を心配してくれているのだと思ったら、朱莉の中にこの厚意を受け取らないという選択肢はなかった。
「……はい、ありがとうございます」
「うん。温まったら送るから」
ゆっくりしてきていいよ、と優しく微笑む秋生に朱莉は頷いて、案内された脱衣所へと入った。
「……お礼に来たはずだったのに」
また迷惑をかけてしまったな、と朱莉がため息を吐く。
こうやって相手のことも考えずに行動してしまうから、最後には面倒なものしか残らず、大切なものは手を離れてしまうのだろう。分かっているのにこの性格はなかなか直らない。
朱莉は自身の腹の傷を見つめ、もう一度ため息を吐いた。
33
あなたにおすすめの小説
平凡高校生の俺にイケメンアイドルが365回告白してくる理由
スノウマン(ユッキー)
BL
高校三年生の橘颯真はイケメンアイドル星宮光に毎日欠かさず告白されている。男同士とのこともあり、毎回断る颯真だが、一年という時間が彼らの関係を少しずつ変えていく。
どうして星宮は颯真に毎日告白するのか、そして彼らの恋の行方は?
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる