16 / 55
6-2
しおりを挟む
また後で、と店の前で女性社員と別れた朱莉は、花屋に向かって歩き出した。電車に乗って一駅の距離なら、歩いて行った方がいいだろう。今日は天気も良くて散歩日和だ。
しばらく道なりに歩いていると、朱莉の目の前に、見覚えのある公園が出てきた。
秋生と初めて会ったあの公園だ。
あの時のことを思い出すと、今でも穴を掘って埋まりたいくらい恥ずかしいが、秋生と出会ったこと自体は、自分にとって転機ではあった。
「そういえば、この近くの病院で働いてるって言ってたな……」
この公園の近くの病院はひとつしかない。大きな総合病院だ。貰った名刺にも確かここの病院の名前が書かれていたはずだ。
朱莉はちらりと自身の腕時計を見やり、花屋の予約まで少し時間があることを確認してから、その病院に向かって歩き出した。
秋生に会えるとは思っていない。もうすぐ午後の診察が始まる時間だろうし、用もないのに呼び出すなんてこともしたくない。秋生がどんなところで働いているのか興味があったのだ。
ただ、彼のことが知りたい。
そんな気持ちで朱莉は病院の正面玄関から中へと入った。少し歩くと、大きな待合室に出る。まだ昼休みが明けていないのか、カウンターには、休止中の札が置かれていて、患者の数も多くはなかった。
滅多に病気をしない朱莉は、病院なんて人工子宮の手術を受けたきり来ていない。なんだか懐かしいような、少し昔の傷を思い出すような、不思議な気持ちで待合室を抜けると、ふと話し声が聞こえ、朱莉が病棟へと続く廊下に視線を向けた。それから、視界に入った人物に驚く。
「……秋生さん……」
スーツの上着を脱いでドクターコートを着ている秋生は、当然のように医者然としていて、いつもよりもカッコよく見えた。
会いに来たつもりじゃなかったのに、こうして会えてしまうなんて、運命かもしれないと思って、朱莉の心臓はとくとくといつもより早く波打つ。
声を掛けようと思った。けれど、秋生の隣を歩く、同じドクターコートを着た女性の存在に、朱莉はそれをためらった。
遠くからでも楽しそうに笑いあい、女性が秋生の肩を叩いている。それを秋生は受け入れ、更に楽しそうに笑っていた。秋生のあんなに楽しそうな笑顔を朱莉は見たことがなかった。心臓がぎゅっと絞られるように痛む。
そのまま立ち尽くすように二人を見ていると、女性がふと秋生の手を取った。立ち止まった二人が、少しだけ互いの手を見ながら話したかと思うと、そのまま指を絡めるように手を繋ぐ。
朱莉はそれを見た瞬間、きびすを返して病院から駆け出していた。
秋生には恋人がいたのだ。自分なんかじゃ絶対に敵わない『女性』の恋人。だから、あの日も触ってほしいと言った朱莉に、キスしかしなかったのだろう。恋人のことを思い出したのか、やはり女性じゃなければキス以上は出来ないと思ったのかは分からないけれど、彼女がいるから、朱莉に手を出すことはなかったのだ。
いくら朱莉が秋生に対して嫌じゃないという気持ちを持っていても、秋生にその気がないのなら、当然のことだ。
今の会社に入ってからずっと、朱莉が誘えば誰でもついてくるという感覚に慣れすぎてしまって、相手が朱莉を拒むことを忘れてしまっていた。
秋生だって朱莉を好きになる、なんて考えていた自分が恥ずかしい。
そしてそんな恋人がいることを教えてもらえていなかった、教えるほどの仲ではないと思われていたことがとにかく悲しかった。
しばらく道なりに歩いていると、朱莉の目の前に、見覚えのある公園が出てきた。
秋生と初めて会ったあの公園だ。
あの時のことを思い出すと、今でも穴を掘って埋まりたいくらい恥ずかしいが、秋生と出会ったこと自体は、自分にとって転機ではあった。
「そういえば、この近くの病院で働いてるって言ってたな……」
この公園の近くの病院はひとつしかない。大きな総合病院だ。貰った名刺にも確かここの病院の名前が書かれていたはずだ。
朱莉はちらりと自身の腕時計を見やり、花屋の予約まで少し時間があることを確認してから、その病院に向かって歩き出した。
秋生に会えるとは思っていない。もうすぐ午後の診察が始まる時間だろうし、用もないのに呼び出すなんてこともしたくない。秋生がどんなところで働いているのか興味があったのだ。
ただ、彼のことが知りたい。
そんな気持ちで朱莉は病院の正面玄関から中へと入った。少し歩くと、大きな待合室に出る。まだ昼休みが明けていないのか、カウンターには、休止中の札が置かれていて、患者の数も多くはなかった。
滅多に病気をしない朱莉は、病院なんて人工子宮の手術を受けたきり来ていない。なんだか懐かしいような、少し昔の傷を思い出すような、不思議な気持ちで待合室を抜けると、ふと話し声が聞こえ、朱莉が病棟へと続く廊下に視線を向けた。それから、視界に入った人物に驚く。
「……秋生さん……」
スーツの上着を脱いでドクターコートを着ている秋生は、当然のように医者然としていて、いつもよりもカッコよく見えた。
会いに来たつもりじゃなかったのに、こうして会えてしまうなんて、運命かもしれないと思って、朱莉の心臓はとくとくといつもより早く波打つ。
声を掛けようと思った。けれど、秋生の隣を歩く、同じドクターコートを着た女性の存在に、朱莉はそれをためらった。
遠くからでも楽しそうに笑いあい、女性が秋生の肩を叩いている。それを秋生は受け入れ、更に楽しそうに笑っていた。秋生のあんなに楽しそうな笑顔を朱莉は見たことがなかった。心臓がぎゅっと絞られるように痛む。
そのまま立ち尽くすように二人を見ていると、女性がふと秋生の手を取った。立ち止まった二人が、少しだけ互いの手を見ながら話したかと思うと、そのまま指を絡めるように手を繋ぐ。
朱莉はそれを見た瞬間、きびすを返して病院から駆け出していた。
秋生には恋人がいたのだ。自分なんかじゃ絶対に敵わない『女性』の恋人。だから、あの日も触ってほしいと言った朱莉に、キスしかしなかったのだろう。恋人のことを思い出したのか、やはり女性じゃなければキス以上は出来ないと思ったのかは分からないけれど、彼女がいるから、朱莉に手を出すことはなかったのだ。
いくら朱莉が秋生に対して嫌じゃないという気持ちを持っていても、秋生にその気がないのなら、当然のことだ。
今の会社に入ってからずっと、朱莉が誘えば誰でもついてくるという感覚に慣れすぎてしまって、相手が朱莉を拒むことを忘れてしまっていた。
秋生だって朱莉を好きになる、なんて考えていた自分が恥ずかしい。
そしてそんな恋人がいることを教えてもらえていなかった、教えるほどの仲ではないと思われていたことがとにかく悲しかった。
35
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−
社菘
BL
息子を産んで3年。
瀕死の状態で見つかったエリアスは、それ以前の記憶をすっかり失っていた。
自分の名前も覚えていなかったが唯一所持品のハンカチに刺繍されていた名前を名乗り、森の中にひっそりと存在する地図上から消された村で医師として働く人間と竜の混血種。
ある日、診療所に運ばれてきた重病人との出会いがエリアスの止まっていた時を動かすことになる。
「――お前が俺の元から逃げたからだ、エリアス!」
「本当に、本当になにも覚えていないんだっ!」
「ととさま、かかさまをいじめちゃメッ!」
破滅を歩む純白竜の皇帝《Domアルファ》× 記憶がない混血竜《Subオメガ》
「俺の皇后……」
――前の俺?それとも、今の俺?
俺は一体、何者なのだろうか?
※オメガバース、ドムサブユニバース特殊設定あり(かなり好き勝手に詳細設定をしています)
※本作では第二性→オメガバース、第三性(稀)→ドムサブユニバース、二つをまとめてSubオメガ、などの総称にしています
※作中のセリフで「〈〉」この中のセリフはコマンドになります。読みやすいよう、コマンドは英語表記ではなく、本作では言葉として表記しています
※性的な描写がある話数に*をつけています
✧毎日7時40分+17時40分に更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
百戦錬磨は好きすぎて押せない
紗々
BL
なんと!HOTランキングに載せていただいておりました!!(12/18現在23位)ありがとうございます~!!*******超大手企業で働くエリート営業マンの相良響(28)。ある取引先の会社との食事会で出会った、自分の好みドンピシャの可愛い男の子(22)に心を奪われる。上手いこといつものように落として可愛がってやろうと思っていたのに…………序盤で大失態をしてしまい、相手に怯えられ、嫌われる寸前に。どうにか謝りまくって友人関係を続けることには成功するものの、それ以来ビビり倒して全然押せなくなってしまった……!*******百戦錬磨の超イケメンモテ男が純粋で鈍感な男の子にメロメロになって翻弄され悶えまくる話が書きたくて書きました。いろんな胸キュンシーンを詰め込んでいく……つもりではありますが、ラブラブになるまでにはちょっと時間がかかります。※80000字ぐらいの予定でとりあえず短編としていましたが、後日談を含めると100000字超えそうなので長編に変更いたします。すみません。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
聖獣は黒髪の青年に愛を誓う
午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。
ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。
だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。
全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。
やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる