百合原くんは本気の『好き』を捧げたい

藤吉めぐみ

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 また後で、と店の前で女性社員と別れた朱莉は、花屋に向かって歩き出した。電車に乗って一駅の距離なら、歩いて行った方がいいだろう。今日は天気も良くて散歩日和だ。
 しばらく道なりに歩いていると、朱莉の目の前に、見覚えのある公園が出てきた。
 秋生と初めて会ったあの公園だ。
 あの時のことを思い出すと、今でも穴を掘って埋まりたいくらい恥ずかしいが、秋生と出会ったこと自体は、自分にとって転機ではあった。
「そういえば、この近くの病院で働いてるって言ってたな……」
 この公園の近くの病院はひとつしかない。大きな総合病院だ。貰った名刺にも確かここの病院の名前が書かれていたはずだ。
 朱莉はちらりと自身の腕時計を見やり、花屋の予約まで少し時間があることを確認してから、その病院に向かって歩き出した。
 秋生に会えるとは思っていない。もうすぐ午後の診察が始まる時間だろうし、用もないのに呼び出すなんてこともしたくない。秋生がどんなところで働いているのか興味があったのだ。
 ただ、彼のことが知りたい。
 そんな気持ちで朱莉は病院の正面玄関から中へと入った。少し歩くと、大きな待合室に出る。まだ昼休みが明けていないのか、カウンターには、休止中の札が置かれていて、患者の数も多くはなかった。
 滅多に病気をしない朱莉は、病院なんて人工子宮の手術を受けたきり来ていない。なんだか懐かしいような、少し昔の傷を思い出すような、不思議な気持ちで待合室を抜けると、ふと話し声が聞こえ、朱莉が病棟へと続く廊下に視線を向けた。それから、視界に入った人物に驚く。
「……秋生さん……」
 スーツの上着を脱いでドクターコートを着ている秋生は、当然のように医者然としていて、いつもよりもカッコよく見えた。
    会いに来たつもりじゃなかったのに、こうして会えてしまうなんて、運命かもしれないと思って、朱莉の心臓はとくとくといつもより早く波打つ。
 声を掛けようと思った。けれど、秋生の隣を歩く、同じドクターコートを着た女性の存在に、朱莉はそれをためらった。
 遠くからでも楽しそうに笑いあい、女性が秋生の肩を叩いている。それを秋生は受け入れ、更に楽しそうに笑っていた。秋生のあんなに楽しそうな笑顔を朱莉は見たことがなかった。心臓がぎゅっと絞られるように痛む。
 そのまま立ち尽くすように二人を見ていると、女性がふと秋生の手を取った。立ち止まった二人が、少しだけ互いの手を見ながら話したかと思うと、そのまま指を絡めるように手を繋ぐ。
 朱莉はそれを見た瞬間、きびすを返して病院から駆け出していた。
 秋生には恋人がいたのだ。自分なんかじゃ絶対に敵わない『女性』の恋人。だから、あの日も触ってほしいと言った朱莉に、キスしかしなかったのだろう。恋人のことを思い出したのか、やはり女性じゃなければキス以上は出来ないと思ったのかは分からないけれど、彼女がいるから、朱莉に手を出すことはなかったのだ。
 いくら朱莉が秋生に対して嫌じゃないという気持ちを持っていても、秋生にその気がないのなら、当然のことだ。
 今の会社に入ってからずっと、朱莉が誘えば誰でもついてくるという感覚に慣れすぎてしまって、相手が朱莉を拒むことを忘れてしまっていた。
 秋生だって朱莉を好きになる、なんて考えていた自分が恥ずかしい。
 そしてそんな恋人がいることを教えてもらえていなかった、教えるほどの仲ではないと思われていたことがとにかく悲しかった。
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