百合原くんは本気の『好き』を捧げたい

藤吉めぐみ

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 朱莉は泣きそうになる自分を抑え、とにかく目的地である花屋に急いでいくことにした。さっさと用事を済ませて、何も考えられないほど仕事に打ち込めば、こんな気持ちも薄れるだろうと思った。

 いつも行く花屋は穏やかな雰囲気の年配の男性オーナーと、その息子の若い男性、そして数名のアルバイトの大学生が働いていて、男性ばかりで無骨そうなのにいつも優しい空気が漂っている。花のせいなのか、働いている人たちがみな柔らかな物腰だからなのか、朱莉も気負わずに来れる店だった。
「いらっしゃ……朱莉くん、どうかした?」
 オーナーの息子である若い店員が店に入ってきた朱莉を見て、笑顔から一変、心配そうにこちらに近づいた。いつもなら、『総務の花』の笑顔を纏って、こんにちは、と朗らかに入店するのに、今日は落ち込んだ気持ちを浮上させられないまま来てしまったからだろう。その違いに驚いているようだった。
「あ、こんにちは。頼んでいたお花、できてますか?」
 店員の質問には答えず、朱莉がいつものように聞く。そんな朱莉の様子で話したくないことが伝わったのか、少しお待ちください、と店員が朱莉の傍を離れる。
「形が崩れないようにしてあるので、このまま花瓶に活けてもらえたら大丈夫なので」
 ガラスケースの中から大きな花束を取り出した店員がいつものように話しながら花束を包んでいく。朱莉はその説明に笑顔で、はい、と頷いた。
「朱莉くんは器用そうだから、いつもキレイに活けてるよね、きっと」
「いえ、ちゃんと崩れないようにしてくれてるので、ぼくでもなんとか飾ることが出来てます」
「朱莉くん、不器用なの?」
 花束にリボンをかけ、紙袋に入れながら店員が笑う。朱莉はそれに頷いた。
「卵の殻とか上手く割れないタイプです」
「へえ、意外。おれは、結構手先器用だよ」
「そりゃ、お花屋さんなんて、器用じゃないと出来ないでしょう?」
 ふふ、と朱莉が笑うと、ようやくちゃんと笑った、と店員がこちらに近づいた。朱莉がその様子に首を傾げる。
「何か落ち込んでなかった? 良かったら話してよ。話したら楽になるとか案外どうでもいいことだったって気づくとかあるかもしれないし」
 やっぱり気になってしまったようだ。一度気持ちを落ち着けてから店に入ればよかったななんて少し後悔をしながらも、聞いてもらうのもいいかもしれないと思い、朱莉は、えっと、と口を開いた。
「最近仲良くしてくれる人がいて、ぼくはすごく仲良しだと思ってたんですけど、その人に彼女がいることがさっき分かって……よく分かんないんですけど、少しショックで」
 仲良くしてもらえていると思ったのに彼女の有無さえ教えてもらえていなかったことが悲しかったのか、単純に彼女がいたことにショックを受けたのか、それさえも分からないまま、ここまで来てしまった。
「そっか……話してもらえていなかったのはちょっと悲しいね。あ、そうだ朱莉くん、良かったら今日ご飯行かない? マジックが見れるダイニングバーがあって、気分転換になるかなと思うんだけど」
「マジック、ですか……」
「そう。目の前で見たことある?」
 首を傾げた朱莉に、店員が優しく微笑む。朱莉はそれに首を振って、ないです、と答えた。
「じゃあ楽しいと思うよ。嫌なことは楽しいことで忘れよう」
「そう、ですね。行ってみようかな」
 朱莉が答えると、やった、と店員が小さく呟く。それを見ていた朱莉の視線に気づいて、少し表情を整えてから、じゃあ連絡先教えて、とポケットから自身のスマホを取り出した。
「はい。とりあえずSNSのアカウント交換でいいですか?」
「うん、DMする」
 朱莉はいつも、すぐに番号やメッセージアプリのIDを教えたりしない。SNSなら最悪アカウントを削除すれば連絡を絶つことができるからだ。
 会って二度目で番号を教えたのは、秋生だけだった。それだけ自分は秋生に対して警戒していなかったのか、それとも自分の方が秋生と仲を深めたいと思っていたのか。
 どちらにせよ、自分が警戒を解いていた相手だったからこそ、秋生に大事にしている人がいることが分かってショックだったのだろう。
「えっと……貴伸たかのぶさん、ですね。じゃあ、とりあえず仕事が終わったら連絡しますね」
 交換したアカウントの名前を読み上げる。店員は貴伸というらしい。一年ほど通っているが名前を初めて知った。
「うん、俺も、店の場所とか教えておくね」
 貴伸は一度カウンターへと戻ると、花束の入った紙袋を手に戻ってきた。それを朱莉に手渡す。
 朱莉はそれを受け取り、店を後にした。
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